コロナ禍でもいち早く意思決定できたワケ──静岡県伊東市の“集客しない”マーケ施策

小野 達也 / 2020年7月 / ビデオ, 公官庁

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、観光産業は大きな影響を受けました。東京 2020 オリンピック・パラリンピックに向けて PR を強めていた中、海外からの観光客誘致はもちろん、国内の移動も制限を受け、積極的な PR が難しい状況でした。そんな時、私たち静岡県伊東市が取り組んだのは、STAY HOME と観光 PR を両立させたデジタルマーケティング。コロナ禍においても素早く意思決定し、課題解決に動くことができた背景を紹介します。

伊東市の魅力を動画で伝えたい ──過去の動画は苦戦

私たちの街・伊東市は、静岡県の最東部に位置する市です。人口は 64,913 人 (*1)、大室山がシンボル的存在です。観光業が盛んで、温泉や、夏は海水浴客で賑わいます。

伊東市の魅力を伝えようと動画もいくつか制作したのですが、再生数は多くても数万回ほどに留まっていました。そこで、2019 年 6 月に、静岡県東京事務所のつながりで、副市長、観光課職員とともに Google を訪問しました。

デジタル施策の重要性について改めて説明を受け、「予算の配分は 3 : 6 : 1(製作費 : 広告配信費 : 分析費)」という法則を知りました。この予算構成比の設定は重要で、確実な成果を出すためには広告制作費だけでなく、配信費、そして成果を計測しデータを次に活かすための分析費の確保が不可欠であることを学びました。制作したものを多くの人に見てもらえなければ意味がないこと、広告を使って世界中に情報発信が可能なことを認識できたのです。

その後予算化が可能となり、2019 年 9 月の補正予算で 2,600 万円を確保できました。私たちが直接話を聞いて施策の理解を深めたことで、私を含め担当者全体が共通認識を持って意思決定できたことが非常に大きかったと考えています。これによって、一般的に企業よりも意思決定が遅いとされる地方自治体でも、スピード感をもって進行できました。

2,000 万回以上の視聴 再生数は目標の 6 倍以上に

その後、伊東市の認知度の向上、視聴結果の集約、分析を目的としたキャンペーンは大きな成果を収めることができました。

2020 年 3 月に公開した「ITO City, Shizuoka, Japan in 8K HDR - 静岡県伊東市」は、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、オーストラリア、タイ、マレーシア、フィリピン、台湾、日本の 10 カ国を対象に配信。再生回数は 6 月時点で 2000 万回以上です。当初目標の 300 万回再生を大きく上回り、伊東市の市議会などでも話題となりました。

うれしかったのは再生数だけではありません。日本語はもちろん、フランス語、タイ語、英語、中国語、スペイン語などで 250 件以上のコメントが寄せられました。「泣けるくらいきれい」「So clean and friendly looking(とてもきれいで優しい感じ)」「看到這種廣告真是賞心悅目(このような広告を見つけられて本当にうれしい)」──ほとんどが動画を称賛する内容です。伊東市を出て外で活躍している人々の声もあり、ふるさと伊東を思い出し、美しさを再認識してもらえたようです。他にも「伊東市住民です。伊東をこんなに上手に表現してくれて感動!」「市民だがきれいすぎて泣いた」など、市民からも施策への取り組み、動画の美しさに、好意的な声が集まりました。

成功の要因を振り返ると、施策の実施が決まり、協働する業者を選定するときまでさかのぼります。プロポーザルを行うにあたっての仕様書作成では、予算全体の広告費の割合、実際に映像作品を制作するクリエイターの実績など、かなり詳細まで指定しました。

動画を配信する時期についても、慎重に検討。制作完了後すぐに公開するのではなく、プロモーション対象者を詳細に絞り、配信時期を決めました。当時はまだ開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックに来日する外国人観光客へのプロモーションを目的として、競技の観覧以外で観光としての行き先を探し始める時期は 3 月であると仮定し、配信を 3 月に決めたのです。

残念ながらオリンピック・パラリンピックは延期となりましたが、この動画により、伊東市の魅力を多くの人に知ってもらうことができたと考えています。

新型コロナ感染拡大により積極的な誘客が困難に

今後ますますデジタルマーケティングを活用し、本市の魅力と情報を広く国内外に発信していこうという矢先、新型コロナウイルス感染症の拡大が起こりました。

4 月 16 日には緊急事態宣言が全国へと拡大。観光地としてどのようなことができるのか、新年度に予定していた誘客のためのイベントやプロモーションについて、実施の可否を検討していました。宿泊関連事業者をはじめとする各観光事業者からは、壊滅的な状況であることの報告が次々に寄せられ、「事業者のためにはプロモーションを続けるべきか、緊急事態宣言下の今は完全に止めるべきか」という葛藤がありました。

ポルトガルの先進事例を参考に、STAY HOME 動画を制作

観光事業者の苦しい状況を十分に理解はしていましたが、やはり緊急事態宣言下では積極的な誘客促進施策を展開できない状況でした。また、この時期の不用意なプロモーションで県外からの誘客を図ることは、市民に不安を与えかねません。

そこで 4 月、Google 営業戦略本部 観光立国推進部長の陳内裕樹氏へ相談。市民の皆さんの安全を第一に考えて、観光地としてお客さんに来てもらいたい気持ちはあるが、今ではないと考えていることを話しました。

そのときに海外の先進事例として紹介を受けたのが、ポルトガル観光局の動画「Can't Skip Hope」です。すぐに誘客につなげるためのプロモーションではなく、「今は命を最優先に考えることが大切、今は止まるときで、またスタートできるときまで力を合わせましょう」というメッセージを発信したものだったのです。

伊東市も、当然人々の命を最も大切に思っていましたが、地域のためには伊東市の魅力発信を止めてはいけないと判断。「STAY HOME」のメッセージを込めた動画の制作、配信を決定しました。

社会的にセンシティブな時期で、決してメッセージ性に誤解が生じないようにする必要があったため、動画の長さや表示するメッセージについては、動画制作受託者である西日本新聞メディアラボと綿密に調整しました。

STAY HOME だけではなく VISIT US LATER

「STAY HOME」のメッセージに込めたい思いは「命を大切に」ということ。市民の皆さん、伊東市を訪れていただいたことのある人、これから訪れる予定があった人や周りの大切な人の命、それを守るために、今は外出せずにその場に留まってもらいたいという思いでした。

しかし、苦しい事業者が多々ある中、観光地である本市が間接的にでも「今は伊東市に来ないでください」というメッセージを発信していいのだろうか──検討の末、私たちはポルトガル観光局の事例をヒントに、「STAY HOME」だけではなく「VISIT US LATER」を同時に発信することを決めました。

伊東市の地元観光及び商工関連団体には、「STAY HOME」のメッセージを発信するが、事態が終息した後でゆっくり来てほしい、その際には最高のおもてなしで出迎えることを伝える「VISIT US LATER」のメッセージを合わせて配信することを伝え、企画に同意してもらうことができました。

急ピッチで進行、全国の自治体に先駆けメッセージを発信

本市としては、全国の自治体に先駆けて「STAY HOME」のメッセージを配信したいと考えていました。観光業が再開した後では通常のプロモーション活動が優先するため、「STAY HOME」メッセージを出すタイミングは今しかありませんでした。スピード感をもって、市民やお客様に届けたいということで急ピッチで調整。3月に公開した動画素材をベースに、音楽や尺、テロップを変更し、4 月 22 日に「STAY HOME」のメッセージを載せた動画を配信できました。

255_COVID19_ITO_1600_200706_ver1.png

動画はこちら

この動画は、伊東市の来誘客の 8 割を占める関東 4 都県(東京・神奈川・千葉・埼玉)に絞って配信。YouTube の視聴回数は 6 月時点で約 100 万回を達成しています。Instagram や Facebook といった SNS でも広告配信を実施し、ここでも100 万回以上の再生を記録。14,000 件を超えるリアクションがあったのも特筆すべき点でしょう。

200 件以上のコメントもほとんどが好意的な意見で、「コロナが終息したら今度は息子たちを連れてぜひ伺いたい」「落ち着いたら伊東に行く計画してます!」など、事態終息後の再来訪を予告するメッセージも多くあり、大変心強く感じます。

また、観光地なのに「STAY HOME」のメッセージを伝えたことを称賛した内容もありました。自分たちが迷いながらも施策を実行してきたこと、困ったときに Google に相談したことがよかったと感じています。

今後の展望

この動画の配信直後に、伊東市は休業要請に応じた事業所へ協力金の支出を決定。「STAY HOME」のメッセージの配信と並行して、事業者を支援しました。

今後、伊東市の認知度向上及び誘客施策としては、国内に動画広告を配信するほか、ふるさと納税の税額増を目的としたデジタル施策を展開していく予定です。移住定住施策についても、デジタルマーケティングの手法を活用した施策を検討しています。

2060 万視聴のインバウンド 広告「佐賀モデル」を発明した Google と佐賀市の戦略