情報があふれる現代、生活者が買い物で最善の選択をするハードルは、ますます上がっています。
Google では 2011 年から、人々の買い物行動に関して調査を続けてきました。注目しているのは一過性のトレンドではなく、数十年単位の社会の変化に伴う生活者の意識や行動の変化です。
2023 年から 2024 年にかけて大きな社会の変化といえば、AI の進化でしょう。インターネットやスマートフォンの登場と同様に、AI によって情報環境は大きく変わり、そして人々の買い物への向き合い方も日々移り変わっています。
前回の記事では、買い物をする中で人々の本質的な望みを満たす「“ あなた ” に意味ある情報」こそが、商品選択への「確信」をもたらし、その後の満足度や継続購入への意欲につながることを紹介しました。今回は、人々が「“ あなた ” に意味ある情報」を得る過程で、AI がどのような役割を果たすのかについて考察します。
あふれる情報から「“ あなた ” に意味ある情報」を得るのは難しい
生活者が買い物をする中で、ある 1 つの商品やサービスにたどり着くまでの過程、そしてそこに AI がどう関与するのかを短い動画にまとめました。
本文では、動画の内容を踏まえてその過程をより詳しく解説します。
生活者を取り巻く環境には、膨大な情報が存在しています。上の動画で示したドットは 1 つの商品にたどり着くときのさまざまな情報です。それらが集まり膨大な情報の海を表しています。その中には、“ あなた ” に意味ある情報もあれば、一見関連していそうでも本質的な望みには応えていない情報もあります。
あらゆる選択肢にアクセスできる現代の環境は、自分の望みにぴったり合う商品に出会える可能性を秘めていますが、一方で自分が得る情報には無関係なものも混ざるようになりました。
たとえば、近所の公園でのジョギング用シューズを探している人にとって、トレイルランやアスリート向けシューズの情報はあまり意味はありません。情報の量が増えても、その人にとって意味のある情報でなければ検討と選択の労力が増えてしまいます。
また前回の記事で触れたように、今の生活者たちは、膨大な情報量を前にして「自分が知らないより良い選択肢があるかもしれない」という期待を持っています。「自分が探した選択肢以外により良い商品があるのではないか」「しかし膨大すぎてその商品にたどり着けない」というジレンマが、自分の商品選択への確信を妨げる一因になっているのです。
逆に言えば、自力ではたどり着けない情報も含めて、自分の望みにぴったり合った「“ あなた ” に意味ある情報」を十分に得られれば、今のお気に入りの価値を再確認したり、自力では見つけられなかったより良い選択肢を発見したりすることで、確信を持って選択できるようになります。
しかし、自分の探索範囲の外にある「“ あなた ” に意味ある情報」にたどり着くのは簡単ではありません。これを乗り越えて、生活者が確信を得る手助けをするのが、AI です。生活者の情報探索は AI でどのように変わるのでしょうか。
AI は思いもよらない「“ あなた ” に意味ある情報」への足掛かりに
情報探索の過程で、自分の望みを思い通りに言葉で表現するのに限界を感じることがあります。たとえば雰囲気、色、質感など言語化しにくい情報を検索する場合、AI を活用した画像検索はその助けになります。実際、Google レンズを使った画像検索は、世界中で月間 120 億回にも上り、その 4 分の 1 は購入意欲を持った検索であるというデータがあります(*)。このことからも、進化する検索方法への需要の高まりを感じられるでしょう。
しかし、生活者が効率よく最善の選択をするにはさらに 2 つの課題が残っています。
課題の 1 つ目はまず、自分の買い物に関係していそうで実は無関係な情報の存在です。これらが混在してしまうと、本当に意味ある情報を吟味する前に疲弊してしまいます。
2 つ目は、自分の情報探索の外側にある選択肢、つまり人々が自力で探せる範囲を超えた選択肢の存在です。私たちは日常で問題に直面したとき、経験則から解決法を探そうとします。しかし買い物において同じように経験則を当てはめると、実は本質的な望みに合った選択肢を想像できずに見逃してしまうことがあるのです。
たとえばランニングシューズを新調したいと考えたとき、一般的には新しい好みのランニングシューズを探そうとするでしょう。しかし本質的な望みが「心機一転して何かを変えたい」であれば、翌月のマラソン大会へエントリーしたり、ランニングではなくジムでのトレーニングを始めたりすることが最善の選択になり得るかもしれません。
こうした当初の想定からは思いもよらない選択肢に到達する橋渡しの役割も期待されるのが、自分の趣味嗜好や意図を理解した AI です。無関係な情報を避けながら、自力ではたどり着けなかった「“ あなた ” に意味ある情報」に近づけるようになりつつあります。
たとえば Google 検索では、AI の自然言語処理能力が向上して検索クエリの背景にある意図までくみ取れるようになったことで、欲しい情報を効率的に得られるようになりました。また AI を利用した検索では、具体的な質問を投げかけたり壁打ちをしたりしながら、潜在的な望みを掘り起こすことで「“ あなた ” に意味ある情報」にたどり着きやすくなりつつあります。
そして重要なのは「“ あなた ” に意味ある情報」は常に更新を続けるということです。買い物の過程で自分に合った情報を手に入れられるほど、そこから新たな気づきを得て、求める商品も変わっていくのです。
以前は無関係だった情報も「意味ある情報」へと移り変わり、新しい情報接触を繰り返していきます。この積み重ねによって、当初は想像していなかった、しかし自分の望みにぴったり合った選択肢にたどり着けるようになります。
調査では、半数近い生活者が買い物を思い立ったときにはまったく想定していなかったものを買うことがあると答えています。新しい掃除機を探している中で空気清浄機を購入したり、ベビーカーを見ている内に生命保険の加入を検討したりと、今まではある種のセレンディピティとして理解されていた思いがけない購入体験は、もはや単なる偶然とは言い切れなくなっているのかもしれません。
もちろん、探索範囲を超えて意味ある情報を知れたからこそ、慣れ親しんだ選択肢を、確信を持って選び直すこともあるでしょう。
AI は「自分で選びたい」を助ける
では、買い物とAI の関係はこれからどうなっていくのでしょうか。
今回の調査での重要な発見は、生活者は依然として「買い物を楽しみたい」「主体的な選択をしたい」と考えていることです。情報探索にかかる手間を減らしたいと思っていますが、提示された選択肢を言われるがままに選びたいわけではありません。
日本における調査では「買い物における最善の選択を提示してくれる魔法の杖があったなら、どのくらいの頻度で使いますか?」という質問に対して、積極的に頼りたいと答えた人は 4 割にも満たない数でした(*2)。
また日本の生活者の 7 割以上は「AI の提案にすべて任せるよりも、自分で納得して商品を購入したい」と考えています(*3)。生活者は AI に答えを求めているわけではないのです。自分にとって最善だとされる商品が目の前に提示されただけでは、それが最善だと確信できない心理を、私たちは知っておく必要があります。
それでもなお、生活者は自分の買い物の中で AI に大きな期待を寄せているようです。7 割以上の人は、自分では表現できないような新しい商品を発見したり、自分のニーズを理解して最適な商品を見つけたりする上で AI が役立つと考えています(*4)。
「AI に決定を委ねたいのではなく、効率良く最善の選択をするためのサポートを求めている」。これが今の生活者の期待といえるでしょう。
人々が 1 つの選択肢に確信を持つためには、主体的に情報を収集し、膨大な情報網の中で比較検討するプロセスが重要です。この能動的な情報収集と AI によるサポートが組み合わさってこそ、生活者は自身の選択肢の価値を “ 確信 ” し、商品やブランドとの持続的な関係を築けるのです。AI は生活者の最善の選択を支えるよきパートナーとしての役割を果たしていくのでしょう。