US 版 Think with Google が 2024 年 8 月に公開した記事を基に日本語に翻訳し、編集しました。
今回は、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のマーケティング特任教授であるジム・レシンスキー氏(英語)による寄稿です。
記事の見解は著者のレシンスキー氏のものであり、必ずしも Google の見解を反映するものではありません。
ジム・レシンスキー氏は、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のマーケティング特任教授で、2022 年度の年間最優秀教授に選ばれました。30 年以上の経験を持つマーケティングの専門家として認められているレシンスキー氏は、マーケティング戦略、オムニチャネルマーケティング、マーケティングのための AI に関する人気の MBA コースを担当しています。同氏の代表的な著作である『Winning the Zero Moment of Truth (ZMOT)』は、世界中で 30 万人以上のマーケターに読まれています。最新作は、スタンフォード大学出版局から出版された『The AI Marketing Canvas』です。
経営陣の承認を得られるだけでなく、心を動かす年間マーケティング計画を提示できたらと、想像してみてください。
多くの場合、マーケティング計画は施策とコストの退屈な羅列になり、ビジネス成長の主要な推進力とは結びつかないものになりがちです。
そうではなく、マーケティング計画が、CEO の最優先成長目標を達成するための戦略的なロードマップであり、CFO が設備投資に適用するのと同じくらい厳密な投資対効果(ROI)を基準に作成できたらどうでしょうか。そうなれば、経営陣がマーケティングの価値を再認識し、マーケティングがコストセンターではなく成功の重要な原動力に変わるかもしれません。その方法を考えてみましょう。
よくあるアプローチ:「施策」ベースの年間計画
私はこれまでのキャリアで、何百もの年間マーケティング計画を作成、レビューしてきました。これまで見てきた中で最も一般的なのは「施策」ベースのアプローチです。
マーケティングチームは翌年に実行したいすべての施策をリストアップし、それぞれに掛かる予算を算出します。たとえば、来年はテレビ番組のスポンサーになって 40 週間分の CM 枠を確保し、新 CM を 3 本制作し、Web サイトをリニューアルし、商品パッケージを刷新し、6 人の新たなインフルエンサーと契約し、3 種の新フレーバーの商品を発売したい、といった具合です。チームはこれらの施策に必要なコストを見積もり、その合計を予算要求として経営陣に提出します。
このよくあるアプローチでは、マーケティングを「コスト」として扱っています。これは確かに直接的ですが、大きな欠点があります。マーケティングを、あればいいが必須ではない機能にまで矮小化してしまうのです。「この素晴らしい施策リストを実行したいです。予算に余裕があれば」と言っているようなものです。
問題は、CFO にこうした請求書のような「コスト」の一覧を渡すと、CFO は当然それを削減する方法を考えるということです。年間コストを削減する一環として、必然的にマーケティング予算の要求を縮小しようとします。結果的に、マーケターはより少ない予算で、より多くの成果を上げるよう求められることになるのです。そして、景気低迷や会社の業績不振の際には、マーケティング予算が削られることになり、マーケターたちは自身が過小評価されていると感じてしまうでしょう。「うちの経営陣は理解がない」と。
これでは、本来なら企業の戦略的なビジネス目標の達成に貢献できるはずの、マーケティングの強力な機能が失われてしまいます。
私はこの問題について、Unilever や Serta Simmons Bedding といった企業の年間マーケティング計画を作成した経験を持ち、高い評価を受けているアンドリュー・グロス氏と話をしました。造園業界向けのプラットフォームを運営する Mariani Premier Group で SVP of marketing(マーケティング担当上級副社長)を務める同氏は、施策ベースのアプローチは一般的ではあるものの、最適とは言えないという私の意見に同意しました。
「Mariani では、グループ会社の多くが紹介や口コミを通じて成長しており、マーケティングを必須の活動とは見なしていませんでした。マーケティングは『あればいい』ものだったので、ずっと予算配分の優先対象ではなかったのです。しかしパンデミック後、造園や住宅リフォーム業界の外部環境は変わりました。数年前のように問い合わせの電話が勝手に鳴ることはなくなり、企業は今、市場全体を大きく上回る成長を続けなければいけないという難しい課題に直面しています。マーケティングが成長の大きな原動力になり得ることは理解していましたが、これまでとは異なる方法で捉え直す必要がありました」(グロス氏)
新たなアプローチ:「成果」に基づく年間計画
これまでの施策ベースの年間マーケティング計画に、大幅な見直しが必要なことは明らかです。先進的なマーケターは、マーケティングを、最小限に抑えるべきコストセンターではなく、ビジネス成長の重要な原動力であると経営陣に認めてもらうよう、アプローチを変えつつあります。
このアプローチの鍵となるのは、年間マーケティング計画を投資計画のように作成することです。計画では「来年はどのようなビジネス成果を達成しようとしているのか」と「マーケティングがそのコスト以上の成果を上げながら、ビジネス目標の達成にどう貢献できるか」に焦点を当てるべきです。詳しく見ていきましょう。
まずは、会社の目指す成長目標と、CFO が注目する指標(売り上げ、利益、市場シェアなど)を見極めます。次に、その成長を達成するために必要な、顧客に関連した成果や変化を明確にします。新規顧客をどれだけ増やす必要があるのか、既存顧客による売り上げをどれくらい伸ばす必要があるのか、購入頻度をどれくらい高める必要があるのか、などを検討しましょう。平均の LTV や顧客獲得単価など過去のデータや業界のベンチマークを基に、目標達成に必要なマーケティング「投資」を、大まかに計算します。その結果を投資計画として CFO に提示するのです。
成果に基づくマーケティング年間計画で CFO の心を掴む簡単な例を紹介します。
「これまでの議論を踏まえて、当社の主な目標は、現在の純利益率を維持しながら、今後 3 年間で営業利益を 100 万ドル増加させることだと理解しています。マーケティングチームは、この期間に 100 万ドルから 120 万ドルの利益を生み出すための計画を策定しました。これを達成するには、年間 15 万ドルのマーケティング投資が必要です。
目標達成のためには、3 年間で 1,000 人の新規顧客を獲得し、適切なサービスを提供することで、顧客を維持する必要があると判断し、これに必要なマーケティング投資額を計算しました。控えめな見積もりと仮定をいくつか行いましたが、これらが意思決定の材料として信頼に値するものだと自信を持っています。次回の年間計画および対面での議論の場で、この計画の詳細を共有させてください」
マーケターがこうした成果ベースの計画や見積もりを作成する際には、Google の Gemini のような最先端の AI モデルも役立ちます。もちろん、他の AI ツールと同様、AI が出した結果を鵜呑みにせず、必ず自分でそのロジック、計算、出力結果、推奨事項を確認してください。
注目すべきは、このアプローチを採用することで、CFO との会話がどのように変わるのかです。たとえば上の例では、15 万ドルの請求書ではなく、今後 3 年間で大きな利益をもたらす年間 15 万ドルの「投資計画」として提示しています。
この方法であれば、経営陣がマーケティング予算を削減しながらも、当初の成果を期待するという、よくある状況も防ぐことができます。この手法では、CFO が承認した予算が変わると、それに応じて期待できる成果も調整される仕組みになっているためです。
これによって、マーケティングは会社の利益目標の達成に大きく貢献し、高い ROI を実現する可能性があると示せます。マーケティング投資対効果(mROI)は次の公式で計算できます。
たとえば、mROI が 2.5 の場合、マーケティングに 1 ドル投資するごとに、3 年間で 2.5 ドルの利益が、当初のマーケティング投資のコストに加えて発生することを意味します。これは、CFO に対して非常に堅実な投資提案です。
こうすれば CFO は、マーケティング投資と、会社が検討している他の投資とを比較できるようになります。これにより、マーケティング投資の効果を最大限に発揮する妨げとなる、通常予算の部門別の縦割り構造を打破できます。また mROI が明確になっていれば、CFO は年間を通じて、新たな市場機会や課題が生じた際にリソースを柔軟に再配分できます。ただし、CFO は比較指標として、mROI ではなく粗利益投資収益率(GMROI)や内部収益率(IRR)など、他の指標を重視するかもしれません。mROI が組織内の予算の縦割り構造を解消するために最適な指標かどうかを確認するためにも、CFO と十分に話し合うことが重要です。
成果に基づく年間計画の成果は?
上で紹介した Mariani Premier Group のグロス氏は、この成果ベースのアプローチを採用することで、同社の年間マーケティング計画をどのように刷新したかを話してくれました。
グロス氏は「私たちはまず、マーケティングの目的を『顧客を獲得し、維持するプロセス』と明確に定義しました。これを念頭に置いて、顧客獲得、売り上げの拡大や維持のための定量的な目標を組み込んだ 3 年間の事業計画を策定しました。これらの目標は、当然ながら年間マーケティング計画にも反映され、それぞれの目標達成に向けて測定可能な数値目標を設定し、戦略と戦術を調整しています」と話します。
またグロス氏に、年間計画に関するアドバイスを聞いたところ、次のような答えが返ってきました。
「シンプルさと明瞭さを追求することです。私たちは、SWOT(強み:Strength、弱み:Weakness、機会:Opportunity、脅威:Threat の 4 要素)、全体的な目標と戦略、これらの目標に結びついた詳細な活動予算、すべての取り組みを示す活動カレンダーという 4 ページのフォーマットで物事をシンプルに保っています。これにより、マーケティングが全社目標と密接に結びつき、マーケターはビジネス成長を担う他部署のリーダーと同等の信頼できるリーダーと見なされます」
重要ポイントと実践
マーケティング計画は、設備投資と同じ厳密さで、かつ ROI に重点を置いて作る必要があります。期待できる mROI と、それが全社の成長目標とどのように合致するかという観点から計画を組み立てると、CMO は他の経営幹部からより多くのサポートと予算を獲得し、より大きな成果を生み出せるでしょう。
- マーケティングの取り組みを「収益を X % 増加させる」や「新規顧客を Y 人獲得する」などの目標に合わせて、明確な mROI の見積もりを設定する。
- マーケティングがビジネス成長に与える影響を予測するため、詳細な mROI を計算する。
- LTV、顧客獲得単価、mROI などの計算や計画、予算編成プロセスに、AI ツールを活用する。
- マーケティング計画を単なる施策とコストのリストとして提出しない。それよりも、計画をビジネスインパクトと結びつける。
- 幹部レベルの会議では、マーケティング予算を「自由に削減できる予算」として語ることを避ける。
- 組織内で予算を固定しない。結果を予測して、成果が最も高い取り組みに予算を再配分する。これは、次の計画策定時に役立つ。
- マーケティングがビジネスの成長にどう貢献しているかを示す主要な KPI を測定、報告する。
- これらの指標を経営陣と定期的に共有する。
- mROI に注目し、マーケティングが投資としての価値を持つことを強調する。
グローバル企業であれ中規模の企業であれ、年間マーケティング計画をこのように戦略的かつ成果から逆算したものに刷新する価値はあるはずです。この方法こそ、マーケティングが単なる施策リストや価格表ではなく、ROI とビジネスの成功を支える重要な原動力と認識してもらうための最善の方法だと考えています。新しいアプローチが成功することを、心から願っています。