サードパーティ Cookie の段階的な廃止を前に、プライバシーに配慮した形でマーケティング効果をどのように最大化するかが企業の課題になっています。
Google では、人々が安心してインターネットを利用できるよう、サードパーティ Cookie の廃止後も、代替となる識別子を作らないことをすでに発表しました。同時に「プライバシー保護」と「高い広告効果」は両立できるという考えから、「プライバシーサンドボックス(*1)」などのプロジェクトを推進しています。
こうした流れの中で、企業としては利用者の同意を得たうえで顧客のファーストパーティデータを収集し、広告展開に活用するための環境を整備することが求められます。
このような業界課題に先駆けて、株式会社NTTドコモは電通デジタルと協力して、プライバシーに配慮しながら効果の高い広告配信を実現しました。同社の事例から、これからのデジタル広告戦略のあり方を考察します。
「顧客データ」ではなく「教師データ」を活用
従来の広告施策ではアプリの「インストール」最大化を目的に設定していましたが、今回はその後の「利用」増加を目的に設定しました。このように、本来のビジネス成果につなげるマーケティング投資を推進するマインドセットや意思決定が重要です。
まずは、過去に広告経由でアプリをインストールした利用者のデータを、Google Cloud 上に構築した同社のプライベート DMP(データマネジメントプラットフォーム(*2))に集約し、「インストールした人が 28 日以内にアプリを利用する」確率を予測できる仕組みを整えました。その後、利用者がアプリをインストールする度に予測値を自動で算出し、教師データ(Google 広告 AI の学習の元になるコンバージョンデータ)として、Google 広告側(今回の施策ではディスプレイ広告)に自動送信します。
これにより Google 広告の AI がその教師データに基づいて、アプリの初回利用の可能性を学習し、広告の入札単価を動的に調整できるようになりました。その結果、ディスプレイ広告による顧客獲得単価(CPA)を下げながら、アプリの初回利用率も向上させることに成功したのです。
なお、NTTドコモが Google 広告の運用で活用した教師データは、同意を得たファーストパーティデータを元に算出した数値です。ただし Google 広告側には「メールアドレス」や「顧客 ID」といった顧客データは一切送信されていません。
上記のような送信システムは、これまで高度な技術的なプロセスを踏む必要がありました。これが、ファーストパーティデータを活用した取り組みの障壁になっていたことも事実です。そのため今回のケースでは、ファーストパーティデータの Google 広告への送信を自動化する TaglessCRM という仕組みを Google のエンジニアが開発しました。これを実装するための仕組みは Web 上でも公開していますので、同様の取り組みを検討している場合は自由に活用できます。
プライバシーへの配慮と、求められる組織体制
とはいえ、このような仕組みの実装にも一定の知識やノウハウが必要不可欠です。つまりこれからのデジタル広告戦略のあり方を考える上では、顧客データをマーケティングに柔軟に活用する技術や専門知識を持った人材を部署内で育成したり、技術のある関連部署との密な連携を図ったりできる組織づくりが、企業には求められると言えます。
たとえばこうしたデータを、インフラ部門と共にマーケティング部門が直接管理することも重要です。その際、性別、年齢、居住地のような一般的なデモグラフィックデータだけでなく、サイト内回遊率やコンバージョンなどマーケティング活動を意識したデータの整理がポイントになります。
このようにプライバシーに配慮したデジタル広告を展開し、それを再現性を持って実行するには、まず社内のマインドセットやリソースの整備を変えていくことから始めなければいけません。これは決して簡単なことではありませんが、逆に一度その体制を整えれば、同様の手法を他のサービスに横展開することもできます。
施策を担当した NTTドコモの小西慧氏(プロモーション部 第一コミュニケーション担当主査)も次のように話します。
「今回、サードパーティ Cookie に頼らない方法で、ファーストパーティデータを活用したディスプレイ広告配信を実施しました。その結果、従来の手法と比較して、顧客獲得単価およびアプリの初回利用率を改善することができました。他サービスの広告施策においても、同様の手法で広告効果を改善できるのではないかと期待しています。今後も、プライバシー保護を前提とし、技術的な制約の変化にもキャッチアップしながら、ファーストパーティデータを活用した広告効果の改善に取り組んでいきたいと考えています」
効率を重視し続けてきたからこそ見える、その先——プライバシーへの配慮はどう影響する?
これまでのデジタル広告配信においては、いかに CPA を下げて、広告費用対効果(ROAS)やコンバージョン率(CVR)を高めるか、といった効率性を重視してきました。そのため広告主は、過去に広告をクリックした人や自社サイトに訪問履歴がある人などアプローチしたい人をリストアップして、そのリストに対してリマーケティング広告を配信するといったアプローチが重要でした。
しかしプライバイシーへの懸念が高まりサードパーティ Cookie が制限されると、広告主が 「広告を受け取ってほしい人」を想定し、それを広告プラットフォームが機械学習を使って配信設定を最適化する時代になっていきます。広告主によるオーディエンスの想定を基に、広告配信プラットフォームに対して「より価値の高い利用者」を学習させれば、これまでとは異なるより幅広い人々へリーチできます。つまり、プライバシーに配慮していくこれからのデジタル広告は、よりビジネスの成長につながる顧客にアプローチする方向へと変わっていく機会と考えられるのです。
ファーストパーティデータの広告への活用は、結果として個別の広告投資の最適化につながります。そして NTTドコモの事例のように、副次的に CPA を下げるといった改善にもつながっていくのです。プライバシーへの配慮と広告効果の向上が両立できる良い例ではないでしょうか。
プライバシーに対する生活者の要望が高まる中で、企業としてそれに応えていくことは最優先課題であると同時に、マーケティングそのものをビジネスの成長に直結させるためのよい機会でもあります。このようなマインドセットの醸成と体制の構築が、マーケティング業界全体の発展につながることでしょう。
*記事リリース後、2021/09/02 23:10 記事を更新、再掲載としております。
Contributor:
データソリューション統括部 浜 朝希 / カスタマー・ソリューションズ・エンジニア 橋渡 里仁