人々が検索をするときに使う言葉は、それぞれの細かなニーズを反映するように、具体的で個別化されたものになってきています。
国内において、2024 年 1 月から 3 月までに Google で検索されたクエリを分析すると、4 分の 3 以上の商品やサービスカテゴリで、クエリが前年よりも長くなっていた(*1)ことも、その表れと言えるでしょう。
こうした検索スタイルの変化も手伝ってか、2024 年は、検索量の推移から量的なトレンドが見えにくい年でした。多くの人が自分なりの表現で検索をするようになった結果、ある共通の検索クエリが量的なトレンドを形成しにくくなったと考えられます。
1 本目の記事では、それでもなお伸びが顕著だったクエリに注目し、生活者の共通の関心や潜在的なニーズの起こりを捉えようと試みました。
ただし、量的なトレンドが見えたとしても、背景にある 1 人ひとりの生活者の検索意図や目的は多様です。具体的なインサイトが捉えられず、企業としてどのような情報を提供するべきか、迷うこともあるかもしれません。
そんなときには、検索クエリ単体ではなく、その前後の検索行動を推測してみるのも、1 つの手です。企業であれば、自社商材への流入経路などのデータを組み合わせることで、新たなインサイトが見えてくることもあるでしょう。
この記事では、クエリの背景にある検索行動や生活者インサイトを明らかにするために、調査会社のヴァリューズが対象者の許可を得て収集した調査パネルを分析しました(*2)。
取り上げるクエリは「eSIM」「在庫確認」「オールインクルーシブ」の 3 つです。いずれも 2023 年以前から存在する商品やサービス、顧客行動ですが、2024 年に大きく検索が増えていました。人々は、これらのクエリの前後でどのような検索をしていたのでしょうか。

同じ「eSIM」検索も、前後で見える異なるニーズ
まず見るのは eSIM に関する検索です。eSIM はスマホ内蔵の SIM のことで、物理的な SIM カードを挿さずに携帯電話回線を利用できる技術です。「eSIM」自体の検索数は、過去 5 年間右肩上がりで増加。対応端末の広がりやサービスの拡充、総務省によるガイドラインの策定など、さまざまな要因で伸びていると考えられます。
2024 年も、eSIM の検索は前年比で 45% 以上増加しました(*3)。今回は実例として、格安の eSIM ブランドについて検索していた人と海外旅行用の eSIM を検索していた人の 2 人の検索に着目しました。
まず、格安の eSIM ブランドを探していた人の検索クエリは以下の通りです。

この人の検索は、通信会社の解約について調べるところから始まりました。そこから広く格安 eSIM について調べ始め、さまざまなブランド名との掛け合わせを検索しては、「番号変更」「手数料」「サブ回線」「即日対応」など、ブランドを評価する軸を見つけていく様子が確認できます。
次に、海外旅行用に eSIM を探している人の検索を見てみましょう。

この人は、インドの世界遺産であるタージ・マハルに関する検索から、海外での eSIM 利用について調べ始めました。旅行先での eSIM 利用を想定した検索だと考えられます。その中で、「トルコ」「ウズベキスタン」など国名と掛け合わせて検索を行い、それぞれの行き先で利用できる eSIM ブランドを探す様子が見て取れます。
さらに検索が進むと、eSIM 以外の選択肢として、既存の格安 eSIM の継続利用(「携帯キャリアA 使える国」)や、現地での SIM 購入(「カザフスタン SIM 現地」)にも視野を広げ、最終的には、利用期間(「eSIM 1週間」)という新たな軸も加えて検討しています。
この 2 つの検索の流れを見ると、同じ eSIM に関する検索であっても、両者の出発点や意図、利用目的はまったく異なります。単に「eSIM」というクエリ単体のトレンドからは見えてこない、より多様なニーズがあるのです。
また、ある 1 人の検索行動だけを切り出してみても、検索を通じて最終的な選択をするまでにはさまざまな葛藤が見えます。1 本目の記事で分析した通り、生活者は自分自身が納得できる意思決定をするために、検索を通じてその判断材料となる情報や評価軸を探す傾向にあります。だからこそ、生活者それぞれに合わせた包括的な情報提供が求められるようになってきているのです。

商品の「在庫確認」が増加、購買チャネルを決めつけない情報提供が重要に
次に、検索数が前年比 50% 以上増加した「在庫確認」をめぐる検索を、肌の悩みに関する商品を例に見てみましょう(*3)。

まずは、特定の治療薬について調べるところから検索が始まっています。その後、別の治療薬の口コミを調べ、比較検討をしながら、ドラッグストア各社との掛け合わせ検索で在庫状況を調べています。これはこの人に限った検索行動ではありません。ヴァリューズのデータを分析すると、2024 年に「在庫確認」との掛け合わせで検索されたクエリの上位を占めていたのは、特定の商品名でなく小売の企業名でした。
ひとえに「在庫確認」と言っても、店舗在庫の確認や EC サイトでの在庫確認など、さまざまです。オンラインで調べて商品を決めた上で、確実に在庫がある実店舗を確認してから購入するケースも増えていると考えられます。「在庫確認」というクエリが伸びていることは、購買行動におけるオンラインとオフラインの境界がますます薄れていることの表れと言えそうです。
また、一度商品を決めて在庫を確認をした後に、また別の商品を見つけて悩むという行動も見られました。かつては実店舗の棚同士の比較でしたが、EC 上では、そうした購買行動が店舗の垣根を超えて行われているようです。
これらのことから、企業は購買チャネルを決めつけずに情報接点を広く持っておくことが大切だとわかります。また特に小売企業としては、実店舗か EC かを問わず、まずは購入前に商品の在庫情報が確認できるブランドだと想起されることが重要です。

あいまいと具体を行き来する
最後に、「オールインクルーシブ」の検索について見てみましょう。オールインクルーシブとは旅行用語で、宿泊料金に食事や飲み物、アクティビティ料金、施設利用料などが含まれている宿泊プランのことです。2024 年は、前年比で 85% 以上増加しました(*3)。

この人は、2023 年 8 月と 2024 年 9 月にそれぞれ旅行の宿泊先を検索していました。まず、2023 年の検索は旅行をテーマにしたテレビドラマからスタート。その後しばらくは、「熱海 大人 ホテル」「伊豆でハワイを感じる」など、自分の希望を反映した感覚的で曖昧な単語を使って、ぴったり合う宿泊先を探そうとしています。そして遷移先で「オールインクルーシブ」という言葉を見つけ、複数回の検索を行います。
すると、翌 2024 年の検索ではオールインクルーシブという言葉を軸に、宿泊先を探す様子が確認できました。
注目したいのは、オールインクルーシブのような自分のニーズにぴったり当てはまる言葉が見つかると、それを頼りに検索を続けていることです。「オールインクルーシブ」というクエリが量的なトレンドを形成した背景がよくわかります。特に、旅行のような個々人の趣味嗜好を反映できる個別性の高い商材の場合、こうした検索行動が顕著に見えてきます。
オールインクルーシブに関する検索の流れを見ると、量的なトレンドを形成するクエリと、具体的でユニークなクエリは、必ずしもはっきりとすみ分けがされているわけではなさそうです。人々は、自分なりの具体的な言葉で自分に合った情報を探そうとしますが、ニーズにぴったりと合致した言葉が見つかれば、それにも頼りながらまた検索を進めていきます。このように具体とあいまい、そして特定のクエリを使い分ける検索スタイルもまた、検索の個別化の要因と言えるでしょう。
企業は “ 木を見て森も見る ” 情報提供を
量的なトレンドとして見えてくる検索クエリは、確かに重要ですが、一方で実際に検索している多くの生活者にとっては、あくまで情報探索の通過点にすぎません。その検索に至った背景や検索に込められた意図は、個々人によって異なります。
量的トレンドを形成している個々人の検索クエリを見ると、生活者は、抽象度の高い検索語句や具体的な検索語句を自然に使い分け、探したい情報の粒度を広げたり、狭めたりしながら自分が必要な情報にたどり着こうとしていることがわかります。
2019 年に Google では、人々の情報探索から購買までの流れを「バタフライ・サーキット」というフレームワークにまとめて発表しました。人々は、情報探索を通じて選択肢を「さぐったり」「かためたり」を行き来しながら、直感的に購入する商品を決めることを指摘したものです。今回の検索動向の分析からも、同じような検索行動が見えました。
トレンドが見えにくい時代。企業は多様な切り口を通じて、包括的な情報提供を行うことがますます重要になる一方、個別化する情報ニーズに応える難易度も上がっています。そのためには、量的なトレンドの背景にある「意図」に沿って多角的に情報を提供していくことが必要です。ニーズの個別化が進むのと同時に、それに寄り添うテクノロジーの発展も取り上げることが多かった 2024 年。全体と個、どちらもバランスを取りながらトレンドを捉え、“ 木を見て森も見る ” 情報提供を叶えるためには、AI を始めとするテクノロジーの活用も念頭におくべきでしょう。
なお、記事中でも取り上げたように、2024 年の生活者インサイトを、量的なトレンドからも分析しました。以下の記事も併せて確認してみてください。
Contributor:中川 智貴(データアーキテクト)/斎藤 圭右(アナリティカルリード)