マーケティング投資が事業成長につながっていないと感じる場合、要因の 1 つは、商品の認知から購入に至るまでの間にある「見えない断絶」かもしれません。
認知や購入といった行動は、もはや特定のチャネルと結びつけて説明できるものではありません。人々は実にさまざまな媒体を繰り返し行ったり来たりしながら吟味を重ね、ある瞬間に購入に至ります。従来のような「認知」と「獲得」を切り分けた施策では、生活者の複雑な行動に対応できなくなっているのです。
そのため、マーケターに今必要なのは、生活者の購買行動を理解して事業成長とマーケティング目標を結びつけて構造化する力、そして共通のゴールに向かって部門を横断して組織を牽引する力です。言い換えれば、マーケターは「施策の実行者」から「事業成長の設計者」へとその役割を変える必要があります。
実際に、見えない断絶を埋めた 2 社の取り組みを紹介します。
AI の力を最大限に引き出した、アイフルの戦略設計
金融サービスを提供するアイフル株式会社は、長年にわたってテレビ CM による認知拡大とアフィリエイト広告による顧客獲得を、マーケティングの中心に据えていました。
しかし、異業種からフィンテック市場へ参入する企業が増え、後払いのような決済方法の選択肢も広がるなど、市場の競争は激化。さらには若年層のテレビ離れなど生活者のメディア接点も変化したことで、従来の施策では成果を上げにくくなっていました。また、従来は顧客獲得単価(CPA)を KPI に据えていましたが、獲得した顧客のその後の契約率が思うように上がらず、広告と事業成長が結びついていないことが大きな課題でした。
そこで同社は、広告接触後の顧客行動を ID ベースで捉え、より事業成長につながる KPI を明らかにするため、電通、セプテーニ、Google と連携しました。顧客データや広告接触データを分析したところ、指名検索経由でのサイト来訪者はその後の契約率が高いことを確認。そこで、「指名検索経由のサイト来訪リフト数」を KPI に設定することに決めました。これは CPA とは異なり、事業成長の先行指標としての役割を果たすことになります。
そして同社は、指名検索経由のサイト来訪リフト数を伸ばすために、認知と獲得の間にある「資金需要が発生する前の兆し」をデータから捉えようと試みました。
たとえば引っ越しで資金需要が発生する場合、その兆しは検索など何らかの行動に現れると考えられます。資金需要が発生する前の兆しに合わせて広告を届けられれば、競合サービスとの比較検討に入る前に、自社サイトへの来訪を促せると考えたのです。
そこで、プライバシーに配慮しながら、サイト来訪者のデータを逆算して時系列で分析。その結果を基に、資金需要が発生する顧客行動を「引っ越し」「推し活」など 35 のクラスターに分類しました。このクラスターごとの仮説をデマンド ジェネレーション キャンペーン(Demand Gen)にインプットするにあたり、Demand Gen のカスタムインテント機能を使って、クラスターごとに特定のキーワードや URL を設定。これにより Google 広告のキャンペーンがより戦略に沿って高精度に機能し、広告配信の効率と成果が大幅に向上し、指名検索経由のサイト来訪リフト数は前年比 2.7 倍を達成しました。
この事例で着目したいのは、AI に丸投げせず、事業目標と顧客行動の両方を深く理解して「AI が何を探すべきか」を明確に設計した点です。あらかじめコンバージョンにつながりそうなオーディエンスをクラスターとして定義するなど、一連の仮説を設計することで、AI がさらにそのパフォーマンスを発揮できたということです。AI 活用の肝は実行よりも、問いを設定するマーケターの設計力にあることがよくわかります。
部門を超えた連携で、KPI の断絶を埋めたレノボ・ジャパン
認知から購入に至るまでの見えない断絶は、組織構造がさらにそれを見えにくくしている場合があります。
PC メーカーのレノボ・ジャパン合同会社では、「EC 部門」「ブランドマーケティング部門」という 2 つの部門がマーケティングを担っていました。KPI も別々で、EC 部門がオンラインでの販売台数を目標にしているのに対し、ブランドマーケティング部門では年 2 回の調査による助成想起のスコアを目標にしていました。
KPI が分かれているため、両部門の課題も当然異なります。EC 部門としては、限られた予算内で効果的に売り上げを上げる広告施策を模索し、またブランドマーケティング部門では、認知施策が事業成長にどのように貢献しているかの可視化に課題を感じていました。
冒頭で取り上げたように、生活者の購買までのプロセスが複雑化する中で、部門ごとに閉じた施策では対応しきれず、全社的な成長にもつながりにくくなってしまいます。そこで、部門を超えてビジネス成長という 1 つのゴールに向き合うために、プロジェクトを立ち上げました。
連携にあたってまず欠かせないのは、お互いのミッションを共有し、現状の課題や将来に対して同じ認識を持つことです。そのために、Google の担当者と相談してワークショップを開催。EC とブランドマーケティングの両部門に代理店を加えたあらゆる関係者が Google のオフィスで一堂に会しました。それまで部門を超えた接点はあまりない状態でしたが、ここで対話を重ねたことが、その後の取り組みを進める上での土台となったのです。最終的には「オンライン売り上げを上げる」ことを全社共通の目標として確認しました。
その上でオンライン売り上げに直結する指標をカスタマージャーニーから確認。生活者の情報探索の過程に合わせて指名検索数やサイト来訪数などのシンプルな KPI を設定し、それらを両部門が担うことで、共通のゴールに向けて取り組めるようになりました。
この共通の KPI に基づき、メディアプランも最適化。カスタマージャーニー分析で明らかになった「オンライン上で製品理解を促す」という課題に対し、Demand Gen などを活用した結果、年間オンライン売り上げは前年比プラスを達成。広告費用対効果(ROAS)も前期比で 25.7% 向上しました(*1)。共通の KPI が部門間の対話を促し、単なる部門の集合から、同じ事業目標に対して責任を負うワンチームへと変わっていきました。
優れた KPI は、測定指標を超えて、事業成長に向けた動きを加速させるための組織のコミュニケーションツールにもなるのです。
AI 時代だからこそ、マーケターに求められる 2 つの力
アイフルとレノボ・ジャパンの事例は、AI 活用が前提となった今の時代において、マーケティングの本質がどこにあるのかを示しています。
AI は確かに膨大なデータを処理し、自動で配信を最適化できる強力なエンジンです。しかしその力をどこに向けるかを決めるのは、あくまでもマーケターです。誤った KPI を設定すれば、AI は目先の成果を追いかけ、長期的な事業成長からは遠ざかってしまいます。逆に、事業目標を深く理解し、AI が学習すべき方向性を適切に設計すれば、AI は確実に成果を拡張してくれます。
また、成長を持続させるためには、複数の部門を巻き込み、共通の目標のもとに連携する必要があります。
つまり AI 時代のマーケターに求められるのは、事業課題を読み解き、AI が最大限に機能する戦略や KPI を設計する「構造力」、そしてその戦略を組織全体の共通認識に変え、部門を超えて事業成長を推進する「牽引力」の 2 つです。
この 2 つを備えれば、マーケティングはコストセンターではなく、事業成長をリードするエンジンとしての役割を果たせるはずです。
Contributor:武田 岳(代理店パートナーシップ本部 インダストリーマネージャー)/鈴木 郁夏(広告営業本部 金融業界担当 インダストリーマネージャー)/筑摩 美穂(広告営業本部 インダストリーマネージャー)