今や AI は、マーケティング活動全般においてマーケターの心強いパートナーになりつつあります。広告運用などで AI に触れる機会の多いマーケターこそ、組織の AI 活用を主導する役割が期待されます。
今回取り上げる 2 社は、マーケティング部門が組織を横断して AI の力を最大限に機能させるための土台を築き、事業成長を牽引しました。それぞれの事例を紹介します。
全国 270 店舗の協力でビジネス成長へ踏み出した「三井のリハウス」——全社的な AI 活用の土台に
三井不動産リアルティ株式会社が提供する「三井のリハウス」は、一戸建てや土地、マンションなどの不動産仲介(売買・賃貸)のサービスで、全国に 270 店舗を展開しています。
不動産営業のマーケティングは地域密着型で、従来チラシやダイレクトメールなどの紙媒体が中心でした。しかし、生活者の情報収集がデジタル中心へと移行する中で、マーケティングにおいてもデジタル化の必要性が高まってきました。
その際の課題が、これまで店舗やエリアごとにマーケティングを行ってきた全国 270 店舗の意思統一でした。各店舗が広告予算を持っているため、店舗の理解を取り付け、本社主導でのデジタル広告運用に対する協力を仰がなければ、最適化ができません。また、店舗からは「デジタル広告は紙媒体と違い自分の目で見て触れることができないので、複雑で、何が起きているのか、何にお金がかかっているのかよくわからない」という声がありました。
そこで、デジタルマーケティングへの理解を深める社内向けのイベントを 3 度にわたり開催。各店舗が主体的にデジタル活用を考えるきっかけを作ったことで、店舗側の声も変化しました。「デジタル広告への投資が、自分の店舗へのリターンとなるとイメージが湧いた」「デジタル広告の仕組みが理解できたことで、なぜデジタル広告にお金を使うのかも自然と理解できた」など、自分ごととして捉えてもらえるようになったのです。
組織全体でデジタルマーケティングを活用する土台が整った結果、現在ではインテント マッチ、P-MAX キャンペーン、デマンド ジェネレーション キャンペーン など複数の広告メニューを組み合わせた AI を活かす広告運用が実現しています。さらに最近では、Gemini を活用したペルソナ分析や広告アセットの作成など、マーケティングプロセス全体で AI を積極的に活用するまでに至りました。
ただし、これで終わりではありません。成果を創出するためには、店舗との継続的な対話が必要です。定期的な現場部門へのアンケートやヒアリングで見えてきた課題の 1 つが「現場の予算が縮小したことで、地域に特化した広告施策が枯渇している」ことでした。そこで、店舗の声を活かして、本社のマーケティング部門と店舗が共同で新たな施策を検討し、新たな広告メニューの実装までこぎつけました。
現場である店舗と本社の継続的なコミュニケーションが「現場の要望」と「本社の方針」の両立を可能にしたのです。
広告運用での AI 活用を徹底、「求人ボックス」マーケターの役割は「設計」へ変化
求人ボックスは、株式会社カカクコムが運営する求人情報の一括検索サービスです。
この業界は、人材不足や働き方の多様化といった社会課題に直結する成長市場である一方で、競争の激しい市場環境です。同社のマーケティングチームは、「チャレンジャーとして業界のトップ層に肩を並べるブランドになる」という野心的な目標を打ち出しています。
サービス開始から 10 年を迎えた同社の歩みは、段階的に進んでいきました。
まず注力したのは、広告で一気に認知を広げることではなく ユーザー体験の質を高めることです。求職者が必要とする情報にすぐアクセスできる検索性や情報の正確さ、UI の使いやすさといった基盤を徹底的に整備。まず体験価値を磨き込むことで、ユーザーに自然に選び続けてもらえる状態を作り、次の成長フェーズに備えました。
次に取り組んだのは、売り上げの土台づくりです。求職者の多様なニーズに対応するため AI を徹底的に活用した運用を行っています。検索広告ではインテント マッチを多分に活用し、P-MAX キャンペーンは推奨設定を徹底するなど、細かい運用は AI の最適化に任せました。その代わりに、マーケターはユーザーインサイトに基づいたアセット(広告見出し、説明文などのオーディエンスに表示される情報)をインプットするなど、全体の設計に集中できるようになりました。その結果、過去 3 年で P-MAX キャンペーン経由のコンバージョン数は約 5 倍に伸長。AI を最大限に機能させる仕組みが、安定した獲得施策の基盤となっています。
安定した売り上げの基盤を築いたことで、同社はブランド投資も本格化しています。
ブランド施策では曖昧さを排すため、まずは明確なゴールを設定し、それに基づき WHO、WHAT、HOW を構造化してプランニングしています。
ゴール設定で徹底しているのは KGI/KPI を 1 ~ 2 つに絞ることです。それらがどう事業の売り上げや利益につながっていくかを可視化しています。認知度・純粋想起・好意度といったさまざまな指標を見ていますが、あくまでも最もフォーカスする KGI/KPI は絞ることを意識しています。
そして「誰に(WHO)」「何を(WHAT)」「どうやって(HOW)」 の各要素を連動させてプランニング。 たとえば「マクロ WHO」(マス層) にはテレビ CM などで全体最適なメッセージを広く届け、「マイクロ WHO」(特定のクラスタ) には調査で得たインサイトに基づき、デジタル広告などを通じて「局所最適なメッセージ」を届けるといった具合です。 このように、メディア起点ではなく WHO や WHAT を起点に、それぞれの役割を補完し合うように設計したのです。
同社はこうしたプランニング領域にも AI を導入し、バーチャルペルソナを活用することで、従来は数カ月かかっていたリサーチやインタビューを短期間で再現し、精度の高いインサイトを得ることを可能にしました。さらに広告データや顧客データを統合した AI エージェントの構築にも取り組んでおり、自然言語で指示するだけで分析から戦略立案、施策実行までを自動化できる状態を目指しています。
この事例から見えるのは、AI の力を最大限に引き出すための環境を整えること、ブランド投資を「科学する」ことで成果を曖昧にしないこと、そして広告運用にとどまらずマーケティングプロセス全体に AI を実装していくことの重要性です。チャレンジャーとしての高い目標と、それを支える徹底的な科学と AI 活用。この組み合わせこそが、競争市場で存在感を高める鍵となっています。
AI を活かすための、マーケターの役割
マーケティング部門は、事業全体に関わるような大きなゴール設定や変革の意思を持ち、さまざまなセクションを牽引していく役割を担います。
AI の力を引き出し、成果を最大化するには、ときには組織を横断した予算体系の見直しも必要になります。そのためには、社内の理解と連携を得るための、地道なボトムアップのアプローチが重要です。
業務レイヤーでは、広告の設定調整など AI に任せた方が効率的な部分は思い切って任せましょう。マーケターは、ユーザーインサイトに基づいた AI へのインプットに集中することで、成果を最大化できます。
Contributor:黒田 岳(不動産業界担当 インダストリー ヘッド)/坪井 佳子(インダストリー マネジャー)