生活者の購買行動は、もはやチャネルごとに切り分けて説明することはできません。検索、動画、SNS など多様な場での行動が複雑に絡み合い、意思決定に至ります。チャネルごとの役割分担を前提にした広告運用では、この複雑さを捉えきれなくなっているのです。
この多様な接点を横断し、設定した目標に最短距離でたどり着けるように配信を最適化するのが Google 広告の AI であり、その実践の 1 つが、検索広告、P-MAX キャンペーン(P-MAX)、デマンド ジェネレーション キャンペーン(Demand Gen)を掛け合わせた広告運用です。
重要なのは、これを「1 + 1 + 1 = 3」のように単なる配信面の組み合わせとして理解するのではなく、AI がキャンペーンを横断して学習し、相乗効果を発揮できるような環境を設計することです。AI に任せっぱなしではなく、AI のポテンシャルを最大限発揮できる「戦略的なアカウント設計」が求められています。
はなさく生命は、まず検索広告から「一本化」「統合」「解放」を徹底
そんな戦略的なアカウント設計を実践しているのが、はなさく生命保険株式会社です。日本生命グループの生命保険会社として 2019 年に営業開始したはなさく生命では、当初デジタル広告の予算は広告全体のわずか 10% に過ぎませんでした。また、デジタル広告で獲得していたコンバージョンのうち 80% は指名検索経由で、主にテレビ CM の受け皿にとどまっていました。
オンラインでの保険申し込みも、90% が 50 代以上。この数字も、本来なら若年層との接点拡大が期待できるデジタル広告運用の行き詰まりを反映していました。
これを打破したのが、AI を前提にしたアカウント設計です。同社は 2023 年 4 月から検索広告を起点に「一本化」「統合」「解放」という 3 つの方針を徹底しました。
まず取り組んだのは、コンバージョンポイントの一本化です。当時は「資料請求」と「申し込み」という 2 つを設定していましたが、Google 広告の AI にとっては学習の方向性が分散する要因となっていました。そこで、より事業成果に直結する「申し込み完了」に一本化し、AI に対して明確でシンプルな目標を与えたのです。
次に着手したのが、キャンペーンの統合です。たとえば「がん保険」「生命保険 比較」といったブランド名以外の一般キーワードを対象としたキャンペーンは、10 以上に細かく分断されていました。これらを 1 つに統合することで、AI の学習効率を高めるのに十分なデータ量を確保したのです。
AI が効率的に学習できる体制を整えたことで、AI がユーザー行動のシグナルから真に成果につながる購買意図を判別できるようになりました。検索広告キャンペーンにおけるインテント マッチの比率も、2023 年の 15% から 2025 年には 86% へと急激に高まり、それに応じて成果にもつながっていきました。
さらに、広告アセットの「解放」も重要でした。広告見出しや説明文などの表示位置を固定する「アセット固定」を解除し、ライフステージ別に 100 本以上のバナーや多数のテキストを用意して AI にインプット。多様な素材を自由に組み合わせて検証、最適化できる環境を整えました。併せて予算上限も柔軟に設定し、学習の幅をさらに広げました。
当初は手動運用から AI に切り替えることへの不安もありましたが、運用開始からわずか 1 カ月で申し込み件数は急増。デジタル広告経由での獲得件数は 2023 年から 2025 年にかけて 5 倍にまで成長しました。その後は検索広告での成功を起点に、P-MAX や Demand Gen も同様の方針で運用したことで、従来シニア層中心だった顧客基盤も変化。2025 年 3 月には、20 代がデジタルチャネルで最も獲得の多い層となりました。
AI が学習しやすい環境を整えた一本化、統合、解放が、着実に成果につながったのです。
検索広告、P-MAX、Demand Gen の掛け合わせで相乗効果を引き出したガリバー
はなさく生命の事例が示す通り、一本化、統合、解放を軸にした戦略的なアカウント設計は、検索広告にとどまらず、P-MAX や Demand Gen を含めたキャンペーンの運用全体に通じます。3 つを組み合わせて相乗効果を引き出したガリバーの事例も見てみましょう。
ガリバーは、株式会社IDOM が全国に展開する中古車の販売買取店です。これまでも検索広告や P-MAX を活用してきました。しかし、中古車は高価な商材であるため、来店から購入までのハードルが高く、来店や成約確率の高い潜在顧客の獲得に苦労していたのです。
そこで、検索広告、P-MAX に加えて、Demand Gen を組み合わせた運用を開始しました。
P-MAX は、検索結果面を含む Google のさまざまな配信面に広告を配信できるため、ユーザーの検索行動シグナルを学習して、設定した目標に対して広告配信を最適化できるのが特徴です。一方の Demand Gen は、検索以外の配信面をカバーできるため、まだ検索行動を起こしていないユーザーとも効率的に接点を獲得できます。そのため検索広告に加えて P-MAX、Demand Gen を組み合わせることで、Google エコシステム全体で運用を最適化できるのです。
運用の指針としたのは、はなさく生命と同じく一本化、統合、解放の 3 つです。コンバージョンポイントは「問い合わせ完了」に一本化して AI の学習の方向性を明確に示し、キャンペーンはすでに進めていた統合をこの運用にも広げて十分な学習データを確保しました。広告アセットについても制約から解放し、テキスト、画像、動画の豊富な素材を用意して、AI が自由に最適化を進められるようにしました。
3 つを掛け合わせた運用を始めてからわずか 1 カ月後には、純増コンバージョンが 22% 増加。社内で計測している成約成果の数値を見ても、最終 KPI につながる質の高い潜在顧客が獲得できていたことがわかりました。また顧客獲得単価(CPA)の観点でも、検索広告と P-MAX だけを組み合わせた運用時と比べて 90% 削減できていました。
AI を活かすのは、戦略的なアカウント設計
今回取り上げたようなキャンペーンの運用手法は、複雑化するマーケティングにおける強力な打開策です。しかし、単に AI の最適化に頼るだけでは十分な成果は得られません。マーケターが AI の学習環境を主体的に設計してはじめて AI が真に力を発揮できるようになります。
今設定しているコンバージョン目標は AI にとって明確なものか。キャンペーンが分断されることなく十分な学習データを確保できているか。各キャンペーンが連動して相乗効果を生み出せる設計になっているか ——。
まずは、これらを見つめ直すことが、戦略的なアカウント設計の第一歩になります。
Contributor:古田 英之(戦略顧客営業本部 アカウントエグゼクティブ)/湯谷 莉奈(広告営業本部 アカウントマネージャー)