顧客ニーズやライフスタイルが多様化する現代において、従来のマスマーケティングで広く訴求するだけでは、特に若年層に自社のメッセージを届けきれない場面が出てきています。同時に、画一的な情報発信では、熱量の高い特定のコミュニティが持つ深い共感を獲得することも困難です。
この記事では、こうした課題に対する 2 つの異なる戦略的アプローチを、事例を通じて解説します。
1 つは、アサヒビール株式会社が実践した、顧客起点の組織変革を基盤にメディア戦略を最適化し、リーチが難しかった層にまで「広く」ブランド体験を届けるアプローチ。もう 1 つは、KDDI株式会社や株式会社ジェーシービーがそれぞれ実践した、クリエイターとコミュニティの熱量を活用し、ブランドとの関係性を「深く」「奥行き」のあるものへと発展させるアプローチです。
アサヒビールが、メディアニュートラルな意思決定でテレビ CM 出稿をゼロにした理由
アサヒビールは、主力のビール類からお酒を飲まない人、飲めない人に向けた アルコールテイスト飲料まで、顧客ニーズの多様化に合わせてさまざまな商品を展開しています。
だからこそ、生活者の趣味嗜好やライフスタイルが多様化する中で、個々人に合わせた情報を的確に届け、共感を生み出すことが重要です。
そんな中で同社は、従来のテレビ CM 中心のアプローチでは、幅広い生活者、特に若年層にリーチしにくくなっているという点で危機感を抱いていました。短期的な成果はもちろんのこと、マーケティング投資が最適化されなければ、中長期的なブランド成長にも影響を与えかねません。
同社では従来、マーケティング組織が広告宣伝活動を担う「宣伝部」と既存顧客の CRM 構築やデータ活用などを担う「デジタルマーケティング部」が分かれていたことで、 施策によっては部分最適になるといった課題があったのです。この課題に対し、新たにコミュニケーションデザイン部を新設しました。
新設したコミュニケーションデザイン部では、 顧客を中心に置きながら、 ジャーニー全体を俯瞰したストーリー性と驚きのあるコミュニケーションデザインを目指しています。
常に顧客を中心に置いて、コミュニケーション戦略を設計する「メディアニュートラル」な視点での施策展開がさらに加速しました。
大きな変化の 1 つが、投資配分のベースラインの見直しです。ブランドによってはマス広告から思い切って投資をシフトするようになり、全体で見ると、テレビ CM を削減した分をデジタル広告やリテールメディアへ振り分けられるようにもなりました。
同社の意思決定は、単なるテレビからデジタルへの置き換えではありません。あくまでデータやユーザーインサイトに基づき、ブランドが顧客と最も効果的な接点を持てるよう、メディアニュートラルに戦略を設計した自然な結果でした。
こうした変革を象徴するのが、若年層を中心に人気のアーティスト 「BLACKPINK 」を起用して日本を含む東アジア 6 カ国に展開した「スーパードライ」のキャンペーンです。
若年層の飲用体験を広げ、新規ユーザーを獲得するという目的のもと、施策の主軸を YouTube 広告に据え、国内におけるテレビ CM への予算配分をゼロにするという大きな決断を下しました。
これも単なる「置き換え」ではなく、施策の目的と顧客層に基づき、メディアニュートラルにリソースを最適配分した戦略的な選択です。年代や趣味嗜好を絞っても一定のリーチ量を担保できる YouTube の特性を活かし、まずはファン層から話題化させ、主に 20 〜 30 代の若年層へと同心円状に波及させることを狙いました。また、顧客層や時期に合わせてコンテンツを出し分けることによって、 効率的なリーチと併せて、長期にわたる最適なフリークエンシーの維持を目指しました。
このキャンペーンによって、20 〜 30 代の YouTube 広告接触者の購入率は、非接触者と比べて約 10% 向上し、売り上げにも貢献。さらに、同世代における購入意向も、BLACKPINK のクリエイティブは他と比べて 10% 以上高いリフトが見られ、購入率リフトの裏付けとなる態度変容まで確認できました。
大胆な意思決定を下し、YouTube を中核に据えることで、これまでリーチが難しかった若年層にまで「広く」ブランド体験を届けることが可能になったのです。
クリエイターコラボで「深さ」「奥行き」を追求した KDDI、JCB
「広さ」を獲得したアサヒビールの戦略とは別のアプローチを実践したのが、KDDI とジェーシービー(JCB)です。両社はそれぞれ、クリエイターとの共創を通じてコミュニティの共感を起点とする「深さ」「奥行き」を追求したアプローチで成果を上げました。
KDDI の課題は、マス広告だけでは若年層のブランドへの愛着を育むことが難しいという点でした。そこで同社は「つながる体感 No.1」というメッセージを、クリエイターの世界観を通じて若年層に「翻訳」してもらおうと試みました。
その代表例が、チャンネル登録者数 1,000 万人以上の YouTube クリエイター、すしらーめん《りく》氏とのコラボレーションです。
このときに同社が重視したのは、企業メッセージを無理に押し付けるのではなく、クリエイターが心からやりたいと思える企画との自然な接点を見つけることです。「KDDI の通信のすばらしさが伝わるだけでなく、KDDI と組んだことでこの面白い企画が実現できた」という嘘のないストーリーを共に創り上げていきました。
さらに、KDDI の社員がクリエイターと共に真剣にふざける姿を見せることで、事前に分析した KDDI への堅いイメージとのギャップを生み出し、親近感を醸成することも意識しました。
動画は 1,600 万回以上の再生数を記録。それだけではなく、Z 世代のブランド好意度が明確に上昇し、テレビ CM を上回るメッセージリフトの効果も達成しました。
また、KDDI にとって YouTube の大きな価値がそのアーカイブ性です。コンテンツが一過性で終わらず、長期的に視聴され続ける「資産」として顧客との継続的な接点となるため、既存のブランド価値を最大化する上で有効な場となったのです。
JCB も、マスに向けたアプローチによる行き詰まりを感じていました。生活者から深い共感を得るためには今までのアプローチでは難しいのではないか、という課題に直面していたのです。
同社は「推し活」という熱量の高いコミュニティに着目し、共感を起点とした新しいブランドとしての発信をゼロから創り出すことに挑戦しました。
まずは企業自身の声として、JCB 自体が「推し活層を肯定する」というメッセージを発信。次にクリエイターの声として、アニメや K-POP など特定の界隈で影響力のあるクリエイターとタイアップし、クリエイターの視点で推し活における JCB カードの活用法などを発信してもらうことで、コミュニティ内の共感を醸成。そして最後に実際のユーザーの声を可視化し、施策全体の信頼性を高めました。
この段階的なアプローチの結果、Google サーベイの結果に基づく推計では、新たに 51 万人の比較検討意向を獲得したという結果が出ました。施策費用から換算した 1 人当たりの態度変容コストは 37 円という高い効率を実現しました。JCB にとって YouTube は、熱量の高いコミュニティが数多く存在する「推し活」の現場そのものであり、アニメや K-POP といった、細分化された多様な界隈に対してピンポイントでメッセージを届けることを可能にするプラットフォームだったのです。
「広げる」か「深める」か
アサヒビール、KDDI、JCB の 3 社の事例は、現代のマーケターに 2 つの明確な道筋を示しています。
1 つは、アサヒビールのように、デジタルまで融合した組織の新設とメディアニュートラルな発想でデジタルシフトを断行し、YouTube の「広さ」を活用して新たな顧客層にリーチする戦略。もう 1 つは、KDDI や JCB のように、生活者のあらゆる瞬間に深く寄り添う「深さ」とコミュニティの熱量をブランドの力に変える「奥行き」を活用し、クリエイターと共にコミュニティの共感を事業成果に変える戦略です。
これらはどちらが優れているかではなく、自社のブランドが直面する課題が「リーチを広げる」ことなのか、「エンゲージメントを深める」ことなのかに応じて選択すべき、横並びの実践的な型と言えます。まずは自社のブランド課題を再定義し、KDDI のように既存の軸を最大化するのか、JCB のように新しい軸を創出するのか、あるいはアサヒビールのように既存の予算配分を見直すことから始めるのか。自社に合った新たなプランを立ててみてはいかがでしょうか。
なお、こうした「広げる」戦略と「深める」戦略の両方を実現できている背景には、YouTube が 20 年間で築き上げてきた多様性があります。多様性がもたらす YouTube の価値についてはこちらの記事で詳しく解説しています。
Contributor:下地 彩子(YouTube 広告 マーケティングマネージャー)