広告とは、企業と生活者とをつなぐ重要な接点です。企業側のビジネスゴールだけを押し付ける広告では、そこに信頼や長く続く関係性は育ちません。
今の広告には、見た人の「心を動かす力」が求められています。そしてその先にあるブランドリフトやセールスリフトをどう見据えるかが、鍵となります。
2025 年 6 月に受賞作を発表した YouTube の広告賞「YouTube Works Awards Japan 2025」には、人の心を動かす広告のヒントが詰まった作品が集まりました。
同アワードで審査員を務めた、日清食品ホールディングス株式会社の安武雅之氏(宣伝部長)と株式会社博報堂の石下佳奈子氏(クリエイティブディレクター)は、立場は違えど、ともに広告という手段を通じて「人の心を動かす」表現を日々考え、実践してきた 2 人です。
審査を終えた直後の対談で「心を動かす広告のつくり方」について語ってもらいました。
なお、同じく審査員を務めた株式会社テレビ東京の祖父江里奈氏(プロデューサー)と株式会社ADKマーケティング・ソリューションズの根本高明氏(クリエイティブ・ディレクター)による対談も掲載しています。
テレビ東京の祖父江氏、ADKマーケティング・ソリューションズの根本氏が考える「コンテンツ」の拡散力
審査会で議論に上がった「YouTube らしさ」
51 のファイナリスト作品から 8 つの部門賞とグランプリを選出したアワードの審査。その過程でたびたび議題になったのは「YouTube との向き合い方」でした。
安武氏は審査を振り返りながら、次のように話します。「審査会で常に議論になっていたのは、バランスです。YouTube はもともと、クリエイターたちが自分たちのやりたいことを発信する場。審査の中では、広告に対して『人の公園(YouTube というコミュニティ)で(企業が)騒ぐ』という表現も出ていました。一方で、YouTube という媒体にこびすぎても、企業として伝えたいことが伝わらないのではないかという意見もあります。このバランスを模索し続けていくことになるのでしょうね」
石下氏も、広告を制作する立場から同じくバランスの難しさを指摘。「たとえばクリエイターとコラボする場合、誰と組んで、どんなメッセージを届けるのか。その選定が重要です。ブランディング重視なのか、売り上げにつなげるのか、その目的に応じた判断が求められます。今回の審査では、まさにそのバランスが大きなテーマになっていました」
ブランドリフトとセールスリフト、どちらを優先?
「心を動かす広告」といっても、ゴールは 1 つではありません。ブランディングを重視する場合もあれば、売り上げに直結する成果を求められることもあります。広告の KPI や評価軸はさまざまで、短期的に効果を追求するのか長期的に評価するのかも異なります。制作側と企業側の視点が分かれることもあるでしょう。
その中でも、広告を制作する上で多くの人が意識しているのが、「ブランドリフト」と「セールスリフト」。どちらを優先すべきか、あるいは両立は可能なのか——。アワードで、Best Brand Lift 部門の代表審査員を務めた石下氏と、Best Offline Sales Lift 部門の代表審査員を務めた安武氏に、それぞれの視点で話を聞きました。
企業の立場として、安武氏は「やはり広告として、セールスリフトを考える必要がある」と話します。実際、短期的にでも広告効果が出て売り上げにつながらないと、次のステップに進めないという企業の現実もあるでしょう。その一方で「ブランドリフトとセールスリフトを別物と捉えない」ことも大切だと安武氏は話します。今回のアワードでは、8 つの部門ごとにそれぞれの観点で審査を行いましたが、「最終的な目的はきっと同じなのでは」とまとめました。
石下氏も、広告主である企業の姿勢として「ある程度、短期的にもセールスリフトを考えることは正しい」と理解を示した上で、広告の作り手としてはまた企業とは違った視点を持つ必要があるとも指摘します。「短期的に測れる指標だけ見ていると、ブランディングという観点では弱くなってしまうかもしれない。数字からは直接読み取りにくい、無意識レベルで深層意識に植え付けていくようなブランディング効果も確かにあるのだということを頭の片隅に置いて制作していくことが重要だ」としており、今回の審査でもブランドリフトをかなえながら売り上げにもつなげた理想の広告があったと話しました。
グランプリ作品に見る、広告作りのヒント
今回のアワードでグランプリを受賞したのは、サントリーホールディングス株式会社の『飲みに誘うのムズすぎ問題』。この作品には、心を動かす広告のヒントが詰まっていたと 2 人は語ります。
動画はこちら
安武氏はその着眼点を高く評価しました。「今までモヤモヤと多くの人が感じていたところを、きちんと『問題』として表現したのはすごくよかった。単に問題を提起するだけでなく、動画の中でその解決方法まできちんと示していたのも評価を集めていましたね」とコメント。
また石下氏はタイトルやセリフのセンスに注目。「『ムズすぎ問題』というタイトルの言葉選びも、つい言いたくなるコピーになっていて素晴らしいと感じました。最後の後輩のセリフにあった『誘いたそうだなと思ってました』もすごくリアリティがあったと思います。もしこれが『誘ってほしいと思ってました』だったら嘘っぽくなっていたであろうところを、『誘いたそうだな』というニュアンスがすごくグッとくるんです」
さらに石下氏は、この作品が「商品と物語が一体化していた」と指摘します。「プレミアムモルツの特徴である、ご褒美感や特別感が良く伝わるクリエイティブでした。他の乾杯のお酒に差し替えて成立するかというと、やっぱり違うんですよね。ブランドの考え方や微妙な匂い、まとっている空気感、ちょっとしたさじ加減でも、その商品ならではの広告になるかどうかが決まると思います」
石下氏が語ったように、「物語が商品と結びついているかどうか」は、広告の効果を左右する重要なポイント。それは、単なる好印象ではなく、ブランドそのものへの共感へとつながっていくためです。
この点について、安武氏も企業の視点からこう補足します。「ブランドの存在してる意義に立ち返ると、すべてのブランドは何らか社会的な意義を背負っていて、その課題解決のために、顧客がお金を払って商品を買っています。ですから、やはり何かブランドの考えやメッセージが、お客さまに支持されないと、購入にもつながらないでしょう。だからこそ、言いたいことをそのまま伝えるのではなく、視聴者の気づきや共感を引き出す表現が必要です。せっかく広告を作るなら、心を動かす何か新しい視点やブレイクスルーがあるものにしたいですね」
心を動かすには――「シンプルに」「グッとくるか」
最後に、改めて心を動かす広告を作るために必要なポイントを 2 人に聞きました。
安武氏のコツは「シンプルに考えて突き詰めること」。広告は、クライアント、代理店、制作現場などいろいろな立場の人たちが携わるのが特徴。立場が違えば言いたいことも異なります。それぞれの意見をすべて聞こうとしたら大変なことになってしまいます。
「最終的に広告を受け取るのは 1 人 1 人のお客さま。その人のことを考えると、自然とシンプルな答えになっていくと思うんです。建前や忖度など、そういうものをいったん脇に置いて、広告のメッセージを受け取った人がどう考えるのかを突き詰めていくことが、心を動かすための大事なポイントですね」
石下氏が大事にしているのは「まず自分が『グッとくる』かどうか」です。「私はクリエイティブディレクターとコピーライターの両方をやっていますが、コピーを書いていく中で、正しいかもしれないけれどグッとこないなというものがあったりするんです。そういったときは、自分の心が動かないと誰の心も動かせないよなというプリミティブな考えを大事にしています」
さらに「みんなが思っているけど口に出していなかったり、心の奥底で実は思っていたりすることを形にするのも重要です。その『モヤモヤを形にする』というか、そこも大事ですね」。安武氏も「確かに、モヤモヤが初めて言葉になったときに『あ、それ自分も思ってた』と思いますからね」と賛同しました。
同じくアワードで審査員を務めた株式会社テレビ東京の祖父江里奈氏(プロデューサー)と株式会社ADKマーケティング・ソリューションズの根本高明氏(クリエイティブ・ディレクター)による対談も掲載しています。