ドラマを「作る」だけではなく、「誰に、どう届けるか」まで考えるのが、今のドラマプロデューサーに求められる仕事です。広告も同じで、ただメッセージを伝えるだけでなく、そもそも広がる力を持ったコンテンツを作ることや、広げ方まで設計することが欠かせません。では、拡散力の本質はどこにあるのでしょうか。
今回は、YouTube の広告賞「YouTube Works Awards Japan 2025」で審査員を務めたお二人──株式会社テレビ東京の祖父江里奈氏(プロデューサー)と、株式会社ADKマーケティング・ソリューションズの根本高明氏(クリエイティブ・ディレクター)による対談から、拡散されるコンテンツの作り方を探ります。
なお、同じく審査員を務めた日清食品ホールディングス株式会社の安武雅之氏(宣伝部長)と株式会社博報堂の石下佳奈子氏(クリエイティブディレクター)による対談も掲載しています。
心を動かす動画広告の作り方:日清食品の安武氏、博報堂の石下氏の対談から
拡散力を支えるファンが生まれるコンテンツとは
拡散力の源の 1 つとして、ファンの力が挙げられます。
祖父江氏はドラマ制作において、「1 クール(3 カ月)の放送期間内にどれだけ視聴者に好きになってもらえるか」「放送後も愛し続けてもらえるか」を常に意識しているといいます。そのファンを生み出す鍵が「共感」です。「最近は深夜ドラマで、ブレイク前の俳優を起用することも増えています。若手俳優のファンの間では、『売れる瞬間を見届けたい』『応援したい』というファン心理があり、それが強い共感につながります」
根本氏は、「共感」から発展した形として、広告においては「自己紹介したくなるような心理を引き出す」ことも拡散のために重要だと指摘しました。「広告での拡散の基本はシェアです。どうシェアしてもらうかを考えると、『自己紹介的にシェアしたくなる』設計がポイントになります。『自分はこういうコンテンツが好きなんですよ』と伝えたくなるような心理をくすぐることで、シェアが広がっていきます」
もちろん、「拡散力=共感」という単純な図式でもありません。祖父江氏はドラマの中でも「幅広い人の共感を生んで TVer などのストリーミングサービスで再生回数が伸びる作品」もあれば、再生回数はほどほどでも「グッズや DVD が爆発的に売れる作品」もあると話します。
祖父江氏は両者でコンテンツの作り方は異なるといいます。「広く届く拡散力のあるコンテンツだけではなく、ファンを作る狭く深く刺さるコンテンツもあります。後者の場合、決して共感や憧れだけじゃない要素が入ってきます。コンテンツの目的やタイプに応じて、拡散の設計も変えるべきです」
今の時代に、視聴者像をどう描くか
拡散を考えるとき、「誰に届けるか」という視点も欠かせません。多様性が重視され、属性で人をくくれなくなった今、コンテンツを作る立場にとって、届けたい人の像を描くハードルは上がっています。
今の時代に、顧客像や視聴者像を描くためのポイントはどこにあるのでしょうか。
根本氏は「ブランドにどんな文脈を与えるかが重要」だと話します。たとえば、保険商品 1 つ取ってみても、リスクヘッジという本来の目的もあれば、資産運用や貯蓄、節税といった目的もあります。それぞれの目的や購入背景に応じて商品の必要性は変わるはずで、それを必要とする人の「文脈=ストーリー」も変わってきます。その文脈の共感性が高ければ高いほど、顧客と商品はより強く結びつきます。
特に YouTube は、視聴者に興味を持ってもらえれば長尺でアプローチできるため、単に顧客像を設定するだけではなく、その解像度を上げ、文脈を与えることで「商品やブランドの必然性が増し、より深いファンを作り出せる」と根本氏は指摘します。
祖父江氏は、加えて自分を視聴者と重ね合わせることが多いと話します。「ドラマを作り始めた頃から、自分の等身大かプラスアルファくらいの近い距離のテーマを扱ってきました。年を重ねて、自分の悩みや共感することが変わってきたら、それに合わせて描くドラマも変わっていきました。自分が興味あることは世間の人たちも興味があるはずだという、ある種の思い込みや割り切りも大切かもしれません」
一方で、それだけでは「ものすごく狭い世界しか描けない」ため、自分と少し距離のあるドラマを作るときには「徹底的に議論するしかない」と祖父江氏。「何百人、何千人にアンケートをとって考える方法もありますが、単純な調査や回答からは見えてこないものもあります」
これには根本氏も「広告制作でもまったく同じ」だと賛同。「最近の打ち合わせでも、n=1 の話をよくします。大量の定量調査や定性調査のデータを見るのではなく、自分自身も含め、届けたい顧客像になり得る人の姿を描こうと議論します。その中で拡散戦略が見えてくることもあります」
拡散を考えるとき、YouTube をどう使えるか
ここまでコンテンツや広告の拡散力について議論を深めた 2 人ですが、改めて今回の審査や対談を通じて「YouTube には拡散を生む土台がある」と感じたそうです。
まず根本氏は、YouTube が非常に生活に密着したパーソナルな存在であることを指摘。特に、スマホで見られることは YouTube の強みだと話します。「いつでもどこでも見られるし、すぐにシェアやコメントができるのはテレビにはない強みです。2 次、3 次、4 次とどんどん行動が派生していきやすいのが大きいですね」
祖父江氏も YouTube が生活に浸透している点に同意しながら、「たとえば新しい時計が欲しいからトレンドを見たいなと思ったら、興味のあるコンテンツがすぐに出てくる。それだけでなく、私が興味を持ちそうなことまで提案してくれるので、調べるだけ、受け取るだけの一方向のメディアではないなと強く感じます」と話します。こうしたメディア特性が、拡散を生む土台になっていると指摘しました。
さらに、拡散を考える上で、2 人が重要な存在として挙げたのが YouTube ショートです。「歯磨きしながらでも、お料理しながらでも見てしまう」という祖父江氏は、ドラマの拡散でも「切り抜きのショート動画」が非常に効果的だといいます。
「以前は視聴者がアップしていましたが、最近では制作側がテロップを付けるなどして、切り抜き動画を準備するようになっています。ネタバレは気にせず、とにかく印象的なセリフやシーンを切り取る。だから最近では『ドラマは見たことないけど、このシーンは知っている』みたいなことも全然あります」
その他に今回の審査の中では、YouTube のコメント欄の使い方にも議論が及んだそうです。
根本氏は「コメント欄をオンにするのは企業にとって勇気が必要なこと」としながらも、「あえて開放することで、見てくれた人の意見を吸い上げることができたり、議論が活発になったりして、拡散につながるメディアの特性はあります。また、コメント欄を開放すること自体が、その企業のスタンスを表明することにもなるかもしれません」と話しました。
審査の中で、2 人が強く共感した作品とは
対談の最後に、改めて今回のアワードの審査で強く共感した作品や人にシェアしたくなった作品を聞きました。共に「たくさんありすぎて、選べない」としながらも、まず根本氏が挙げたのは、日産自動車株式会社の 90 周年記念ムービー『NISSAN LOVE STORY』です。
「日産の名車と、それにまつわる人物とのエモーショナルなラブストーリーです。4 分以上の長尺にもかかわらず最後まで見たくなる、何度も見返したくなるレベルに到達している作品性がすごいと思いました。もちろん、人気のタレントやアーティストを起用している効果もあると思いますが、この広告が訴えかけてくるエモーショナルさの本質はそこではないと思います。90 年の歴史の中で、人々の心の中にずっと生き続けてきた『日産愛・クルマ愛』や『共感性のある機微』を YouTube らしい仕掛けと、圧倒的クラフト力で描き切っていて、審査員というより、一視聴者として、理屈を超えて好きになってしまった素晴らしい作品でした」
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祖父江氏が挙げたのは、株式会社カネボウ化粧品の『I HOPE. KANEBO』でした。「実は、最初にこの広告を見たとき、泣いてしまったんです。こんなに自分が肯定されて、元気づけられたと感じたことは初めてでした。まさにこれが共感ですね」
ただ「自分が女性という、化粧品メーカーの顧客としてど真ん中だったからかもしれません」と言う祖父江氏に対して、「多様性や化粧品を通して生きる力を得るといったテーマを設定したこと自体が素晴らしかった」と根本氏も絶賛しました。
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同じく審査員を務めた日清食品ホールディングス株式会社の安武雅之氏(宣伝部長)と株式会社博報堂の石下佳奈子氏(クリエイティブディレクター)による対談も掲載しています。