当社、ジュピターショップチャンネル株式会社は、通信販売、ダイレクトマーケティング事業を展開しています。
通販専門チャンネル「SHOP CHANNEL」など、テレビ放送を中心に幅広い商品を販売してきました。
長らくテレビ放送経由での売り上げが多くを占めていましたが、2022 年 4 月以降は全社でデジタルシフトへの取り組みを本格化。生活者のメディア接点が多様化する中で、テレビとデジタルとリアルを連動させた新たな購買チャネルを開拓しようと挑戦してきました。
加えて昨今では、デジタル広告環境が大きく変化しています。たとえば Chrome ではサードパーティ Cookie の廃止に向けた動きが進んでおり、従来のような効果的な広告配信や正確な効果測定が難しくなります。
そこで私を含めたマーケティング部門のメンバーを中心として、ファーストパーティ データの活用を進めました。
顧客データを社外システムと連係させたのは、創業以来初
まずは、新規顧客の獲得効率を上げるための手段として、当社が運営している EC サイトで取得した顧客データの活用を検討しました。
既存顧客のデータを Google 広告と連係させ、広告の配信対象から除外。既存顧客の広告接触を避けると同時に、効果測定の正確性を担保することで新規顧客の獲得効率を上げようと考えたのです。連係先として Google 広告を選んだのは、過去のデジタル広告の実績において Google 広告経由での新規会員の獲得シェアが大きかったこと、さらにはプライバシーへの配慮に加え、Google AI を搭載した豊富な選択肢から、配信や効果測定まで一気通貫で進められることからです。
しかし、実現には大きなハードルがありました。
検討当時、当社では創業以来 26 年間、一度も顧客のデータを Google 広告のような社外のシステムと連係させた実績がありませんでした。そのためマーケティング目的での個人情報の連係について、EC サイトの会員に対して明示的な同意を再取得する必要があったのです。
そこでまずは、EC サイトの会員規約の変更から取り掛かりました。
会員規約の変更に 3 カ月、法務との話し合いを重ねる
会員規約の変更にあたっては、マーケティング担当者と、法務担当者で話し合いを重ねました。
もともと当社では、メールマガジンなどのダイレクトマーケティングで個人情報を活用していたこともあり、法務担当者も、データをマーケティングに活用すること自体への理解はありました。とはいえリスクを排除し、ガバナンスを強化する立場の法務としては、社外システムとデータを連係させるリスクについて、大きな懸念を抱いていたのです。
前提として、ファーストパーティ データの活用を進める際には、情報提供について顧客の適切な理解を得ながら、信頼関係を構築することが欠かせません。そのため法務としても、明示的かつ慎重に顧客の許諾を取ることを推奨していました。
一方で、マーケティングへの活用を考えると、できる限りその活用の幅を狭めず、業務オペレーションも複雑にしない形が理想的です。顧客への説明責任を果たし、透明性を担保しつつも、同時に有効なデータ活用を推進するために、筆者自身が他社の会員規約も参考にして会員規約の修正の草案を作成。顧問弁護士にも意見をもらいながら調整を進め、最終的には法務と合意のうえで、3 カ月をかけて会員規約を変更しました。
完成した会員規約には、新たに「WEB会員登録に関する個人情報の同意事項」を追加し、個人情報の第三者提供(広告利用)を可能にしました。
この項目に関して当初、法務担当者からは「データの提供先の第三者をすべて記載し、提供先が増えるごとに都度規約を記載すべき」との意見をもらっていましたが、この点についても他社の事例や弁護士との検討を経て調整。規約を都度変更することなく運用できるようにしました。
同時に、顧客自身が情報提供についてコントロールできるように、各データ提供先に対してオプトアウトできる動線を新設。これは法務担当の助言によるものでした。
ほとんどの顧客が同意、ネガティブな反応はなし
EC サイトの顧客には、新しい規約に明示的に同意してもらう必要があったため、購入時に規約に同意するかどうかをオプトイン形式で実装。規約変更の意図を説明した上で、同意を促しました。
顧客の同意に関しては想定以上に順調でした。
規約の変更、同意の再取得を始めた 2023 年 4 月から 12 月までの 9 カ月間で、年間アクティブカスタマーの 83% が新規約に同意。当初はネガティブな反応も予想していましたが、カスタマーサービスへそうした問い合わせはありませんでした。
ROI 算出は困難だったが、上層部は合意
具体的な施策としては、Google の「カスタマー マッチ」と「拡張コンバージョン」を活用しました。
それぞれ、顧客データを Google 広告と連係させることで、広告配信の精度を高められるツールです。これらの機能を活用することで、実際に新規会員の獲得効率が向上するかどうかを検証しようと考えました。
社内で前例のない取り組みだったこともあり、今回の施策による投資対効果(ROI)を事前に明確に算出することは困難でした。しかし会社として、サードパーティ Cookie などの識別子廃止に向けて対策をしないことによるリスクや、データ連係によって今後継続的に期待できる効果について認識を共有できていたことで、今回のチャレンジにつながりました。
最終的には、会社全体の経営方針に沿った施策であることを上層部にも理解してもらい、「新規顧客の獲得単価(CPA)」を考慮に入れながら新規顧客獲得数の増加という KPI で合意した上で、広告配信をスタートしました。
デジタル広告からの新規顧客の獲得数が 45% 増加、CPA も 24% 改善
カスタマー マッチ、拡張コンバージョンを活用して広告配信を開始した 2023 年 8 月から、1 カ月ほどで効果が見えてきました。
同時期に実施していた他のマーケティング施策やキャンペーンの影響も多少あるものの、デジタル広告経由での新規顧客の獲得数は 45% 増加、CPA も 24% 改善。EC サイトによる新規顧客の獲得割合が、他の販売チャネルに比べて大きく伸びました。
またデジタル広告経由で獲得した新規顧客はテレビ経由より平均 10 歳ほど若いこともデータから明らかになりました。これまでテレビ経由では接点を持てなかった新たな層へも訴求できていたようです。
さらに副次的な効果として、既存顧客による売り上げも増加しました。データに基づいた発信によって、より適切な情報接触が可能になったためだと考えられます。
結果的にデジタル広告予算の増額も決定し、新しい施策に取り組む余地も得られた上に、デジタル広告担当者のモチベーションも上がり、経営層からの注目も高まりました。
プライバシーポリシーの変更に「会社としてどう向き合うか」
規約を変更し、ファーストパーティ データの社外システムでの活用を可能にすることは、大きなチャレンジでした。これを実現できたのは、顧客情報の保護や活用範囲を法務の管轄として丸投げせず、マーケティング担当者として、また会社としてどう向き合うのかを考えたことが大きかったように思います。
現在は新規顧客の獲得に注力していますが、追加投資を受けて今後は、既存顧客に対するアップセル施策や、顧客のライフタイムバリューに基づいたマーケティング投資の評価などを進めていく予定です。顧客セグメントごとの適切な投資額を見極め、ROI を最適化することで、マーケティング施策による顧客獲得を増やしていくことが目標です。
今回得た知見を基に、Google に限らず、デジタル広告配信で利用できる各社の AI ツールを積極的に導入していきたいと考えています。そしてその効果をさらに高めるためにも、マーケティング部門として、適切な目標設定と継続的な効果測定を実施し、企業成長に貢献していきます。
Contributor:波田 幸宏(広告営業 テクノロジー業界担当)/ 松尾 大(データソリューションコンサルタント)/ 川本 暁彦(アジア太平洋地域 日本/韓国 プライバシーリード)