2021 年に株式会社NTTドコモが発表した料金プラン「ahamo」は、そのシンプルな料金体系や、申し込みからすべてオンラインで完結できるサービス設計で、若年層を中心にユーザー数を伸ばしていきました。
しかしローンチから数年が経過し、市場競争の激化や顧客ニーズの多様化も相まって、ブランド検索数が前年比を下回り、獲得効率も鈍化。従来のマスメディアによる認知施策と、顕在層向けの獲得施策だけでは、これ以上の成長に限界を感じていました。
そこで、これまで獲得を担っていた ahamo 事業部は、新たに「潜在層の掘り起こし」が必要だと結論づけ、縦型動画アセットをメインにしてデマンド ジェネレーション キャンペーン(Demand Gen)を Web サイトへの「送客」目的で活用。さらにその知見を「獲得」施策にも応用することで、結果的に両面で展開しました。Demand Gen を、顧客接点全体を貫いて活用した点が特徴的な事例です。
潜在顧客層へのリーチ、送客に Demand Gen を活用
まずは潜在層へのアプローチを見ていきましょう。
Demand Gen は、Google ディスプレイ ネットワーク、YouTube、Discover、Gmail など視覚的な広告面に対して主に動画や画像を中心に AI が配信を最適化します。検索行動など能動的なアクションを起こす前の潜在顧客層にもリーチできるのが特徴です。これを活かして、ahamo 事業部でもサイトへの送客に活用しました。
潜在層にアプローチする上で、まずは市場の顧客セグメントを分析し、そこから料金プランに不満を持つ「アップグレード意向群」が ahamo と最も相性の良いセグメントだと仮説を立てました。
市場調査によると、アップグレード意向群の約半数が「今のプランに不満があるものの、情報収集や比較検討が不十分だと感じているため、乗り換えに踏み切れていない」ことが確認できました。
このような、情報収集や比較検討に時間を要する顧客層に対して、最終的な契約数のみを追いかけても、中長期的な視点で顧客基盤を拡大することはできません。そこで今回は、獲得効率のみを追求した広告指標を見直し、まずは ahamo への理解を深める情報収集を目的としたサイト来訪後のマイクロコンバージョンを KPI に設定しました。
潜在層向けの施策は、一般的に短期的な顧客獲得単価(CPA)が高くなる傾向にありますが、NTTドコモがこうした決定を下せたのは、短期的な成果だけでなく、サービス全体のコンバージョン(CV)最大化を重視する基盤を整えていたためです。オーガニック流入を含む全体の CV を最大化するよう予算を策定・配分し、さらに、CV 後の利用状況やユーザーあたりの平均収益まで分析することで、マーケティングの費用対効果を事業全体への波及効果まで含めて測定できる体制を確立していたのです。
Gemini で潜在顧客のインサイトを引き出し、クリエイティブ制作を効率化
潜在層に合わせた KPI が定義できたところで、次に重要になるのが、クリエイティブでの訴求内容です。
ahamo の過去のキャンペーン例では、料金プランなどのスペック訴求は顕在層には有効でも、アクションを起こす前の潜在層には響きにくい傾向がありました。同社は、これからのマーケティングで重要なのは顧客をよりミクロな視点で捉え、自分ごと化できる共感を誘えるかだと考え、Google の AI「Gemini」を活用して潜在層のインサイトを探りました。
仮想のペルソナを Gemini 上に構築し、「申し込み手続きを早くしたい」「店舗に行く時間がない」といった具体的な不満を対話形式で引き出しました。もちろん実際の人を相手にしたインタビューとは性質が異なるものの、AI 相手だからこそさまざまな角度からの質問を通じて忖度のない意見を引き出すことができ、インサイトの発見につながったという手応えもありました。
Gemini で作成した仮想ペルソナ「みさきさん」との対話
Gemini との対話を通じて得られた顧客の課題を基に、動画クリエイティブの制作に着手。関係者全員がペルソナの課題や具体的なシーンを短時間で共有できたことで、その後の制作フローが大幅に効率化できました。
最終的には、顧客層との親和性やトレンドを意識して、ahamo 事業部としては初めて縦型動画をメインにして制作。ストーリー仕立てで潜在層の困りごとを描くことで、共感を誘い、解決策を提示するサイトへの送客を促す狙いです。
完成した動画を Demand Gen で配信した結果、広告接触者のサイト来訪率が大幅に向上。さらに、サーチリフト調査では「ahamo 契約」の検索数が 33% 増加するなど需要喚起の効果も確認できました。ポジティブな結果が確認できたことから、現在は恒常施策として配信がされています。
顕在層向けにも Demand Gen を展開、申し込みの後押しに効果
Demand Gen が送客で成果を上げたことを受けて、ahamo はこの知見を顕在層向け施策にも応用しました。潜在層への施策で「動画による共感がアクションを促す」と実証できたことから、顕在層でも縦型動画を活用して契約を後押しできると考えたのです。
すでに獲得施策をやり切れていると感じていた ahamo 事業部にとって、獲得領域でのさらなる打ち手を見いだせたことも成果の 1 つです。
検索広告や P-MAX キャンペーン(P-MAX)に加え、「契約申し込み」を KPI として Demand Gen を活用。狙いと KPI に合わせて、獲得向けの動画ではわかりやすさと親近感を重視し、より具体的なメリットをストレートに伝える UGC 風に仕上げ、申し込みを促しました。
たとえば「契約の手軽さ」という同じ訴求軸であっても、潜在層向けと顕在層向けでクリエイティブを変えたことが成果につながった
また、検索広告、P-MAX、Demand Gen の 3 つで同じ獲得 CV を目標にすることで、AI によるネットワーク横断での学習も強化できます。
結果、検索広告や P-MAX を含む他獲得施策と比べて、同等もしくはそれ以下の CPA を維持しながら CV 数の拡大に成功しました。配信面に重なる部分がある P-MAX と Demand Gen 間でも重複リーチは 16% にとどまり、Demand Gen のみからは 7% の CV を追加で獲得。検索広告と P-MAX だけでは届けられなかった層からの効率的な CV 獲得に成功しました。
なお、今回の施策の成果を測るにあたり「動画広告の評価軸に新たな視点を加えた」と、ahamoの担当者は話します。
「これまで ahamo では、獲得における動画広告の効果として、クリック後の CV を最も評価してきました。しかし、特に潜在層向けの動画は、クリックされること自体がまれです。そこで、動画広告によって間接的な行動変容を測る EVC(Engaged-View Conversion:動画を 10 秒以上視聴してから 3 日以内に Web サイト上で CV に至ること)を獲得指標の 1 つにしました。社内でも賛否両論がありましたが、EVC を見ることで、『クリックされなくても、動画を視聴したユーザーの行動変容』を評価に含めることが可能になり、潜在層向け施策の本来の価値を正確に把握できると考えたのです」
ahamo の事例でわかるように、Demand Gen は「獲得」と「送客」という 2 つの目的に対して、同時に活用することができます。目的に合わせた正しい KPI 設計と、クリエイティブの作り分けによって共感を生んで送客を促すとともに、契約への後押しも行い、成果を最大化できる可能性があります。NTTドコモではこの知見を、ahamo だけでなく、同社全体のデジタルマーケティング戦略に応用し、さらなる顧客基盤の拡大につなげようと挑戦しています。
Contributor:町田果奈(テレコム&フィンテックエコシステム業界担当 インダストリーヘッド)/守川美来(プロダクトエキスパート パフォーマンスソリューション担当)