マーケティングは生活者のメディア接点の変化に対応していかなければなりません。
たとえば、コネクテッドテレビ(CTV)が広く普及し、CTV における視聴時間の 40% をビデオオンデマンドが占めています(*1)。メディアの総接触時間における、スマホおよび携帯電話のシェアも初めて 3 分の 1 を超えるなど、モバイルシフトも、依然として加速しています(*2)。
マーケティングのあり方も、テレビ CM を中心に据えた従来の広告プランニングから移り変わり、現在はデジタルを含めたクロスメディアでの最適化を模索する段階にあります。
こうした変化を捉えた事例として今回は、2023 年 10 月 18 日に Google が開催したマーケターのための YouTube の祭典「Brandcast」で登壇した、ライオン株式会社とサントリーホールディングス株式会社による挑戦を取り上げます。
テレビ CM と YouTube 広告の重複接触、態度変容や売り上げへの貢献を複合的に検証したライオン「クリニカPRO」
ライオンのオーラルケアブランド「クリニカ」は、テレビ CM を中心としたマーケティングで認知を獲得し、市場でも高いシェアを誇ってきました。YouTube 広告はテレビ CM によるリーチの補完的な役割にとどまっていたのです。
しかし 2022 年に発売した新商品「クリニカPRO」のマーケティングでは、これまでの同社のセオリーを転換します。背景にあったのは、前述した生活者のメディア接点の変化です。予防歯科ブランドとしてあらゆる世代への訴求が必要な中で、生活の隅々まで浸透している YouTube 広告の効果は、さらなるブランドの成長に向けて検証の余地がありました。今回の施策を通じて、YouTube 広告に態度変容を促す力があるのか、そのために必要な配信ボリュームや、広告効果を高めるためのカギは何なのか、といった点を探ったのです。
クリエイティブでは、商品の特長である、歯垢を分解除去できる酵素について訴求。TrueView インストリーム広告に加えて、6 秒のバンパー広告で配信しました。
結果的に、テレビ CM と YouTube 広告に重複接触したグループでは、非接触者と比べて商品の特長理解が 5 ポイント高かったのです。これはテレビ CM のみに接触したグループよりも高い数値でした(*3)。
また YouTube 広告で態度変容を促すために必要な有効フリークエンシーは 3 回という結果で、今回のケースに限れば、態度変容に必要なコストもテレビ CM の 3 分の 1 に抑えられました(*4)。
さらに、売り上げへの好影響も確認できました。
都道府県レベルで同質な 2 つのグループを作成し、一方はテレビ CM のみ、もう一方には テレビ CM と YouTube 広告の両方を配信。「CausalImpact」という統計分析の手法を用いて、YouTube 広告による売り上げの純増効果を確認したところ、施策全体では 8% の純増が見られ、主な顧客層である 30 代 〜 50 代の女性に絞れば 11% の純増効果を確認できたのです(*5)。
オーラルケア商品は、顧客の困りごとに対して訴求するというのが従来のやり方でしたが、同社の今村健一氏(ヘルス&ホームケア事業本部 オーラルケア事業部 クリニカブランドマネージャー)によると、「『酵素で歯垢を分解除去する』という『信じていただく、期待していただく理由』にフォーカスした訴求に挑戦したこと」が奏功したと振り返ります。実際に、Google のブランドリフト調査でも、その点が顧客にしっかり伝わっていたことが確認できました。
また、YouTube 広告が態度変容や売り上げに与える影響を可視化できたことで「オーラルケアブランド全般において、これまでキャンペーンごとに最適化していたデジタルを、より汎用的な指針をもって活用できるようになった」そうです。
「今後 Google や代理店と一緒にさらなる議論を進めていきたいのが、ブランド課題へのメディアごとの貢献度を可視化してプランニングに反映することです。メディア単体の数値だけで判断せず、その背景に、どのような生活者のメディア接点の変化があるか、どのような視点でコンテンツを楽しまれているか、そして、そこにブランドとしてどのようなメッセージを届けるべきなのか。ブランドの課題を深掘りしながら対話を重ねていきたいと考えています」(今村氏)
複合的な施策を進めるサントリー、重複接触の効果を可視化
前述のような生活者のメディア接点の拡大に対して、サントリーではかねてから、そうした変化に対応したマーケティングを行ってきました。さまざまなアセットを、複数のメディアをまたいで同時に発信しているのです。
しかしながら複合的になればなるほど、どの施策が本当に効果的だったのかを見極めることは難しくなります。また顧客層を絞り込んで広告施策を設計していくと、一般的にクリエイティブの効果測定に用いられるようなマスに向けたアンケート調査のみでは、特定の顧客層への効果や媒体別の効果を正確に測定することはできません。
今回メディアごとの効果を可視化するために同社が活用したのが、以前から採用していた Google の「Ads Data Hub(ADH)」です。ユーザーの個人情報を特定せずプライバシーに配慮した環境で、企業が保有するデータを紐付けることで、統計化したデータやインサイトを抽出できます。
今回サントリーでは、各ブランドでメディアごとの重複を加味しながら、できるだけ実態に近い総合リーチと重複リーチの把握に努めました。総合リーチは、施策ごと単体のリーチをメディアレポートから算出し、それを統合リーチとして把握。重複リーチは、ADH を活用し、ID ベースで「重なり度合い」のみ採用することで、より実態に近い重複リーチが見えてきたのです。
またこうした分析を可能にしたのが、部署を横断したプロジェクトの立ち上げでした。バラバラになっていた各所の知見を集約させたからこそ、高度な分析を実現できたのです。
またリーチのみならず、テレビCM と YouTube 広告の重複接触による態度変容の効果も調べました。
「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」「サントリー生ビール」「金麦」の 4 つの商品を対象に分析したところ、広告認知とブランド認知はそれぞれ最大 13.9 ポイントと 9.4 ポイントのリフト。また好意度では最大 8.8 ポイント、購入意向においては最大 10.3 ポイントのリフトが確認できました(*6)。
すでに一定の認知やシェアを獲得しているブランドであっても、重複接触によって高いリフトを実現できた理由は、テレビ CM と YouTube 広告それぞれの強みを活かせたことにあります。テレビ CM は幅広い層にリーチできることが強みですが、テレビ CM への接触が少ない層も一定数存在します。 YouTube 広告は、そういった層へもリーチできることが強みなのです。
だからこそ、サントリーの鈴木あき子氏(コミュニケーションデザイン本部 副本部長兼宣伝部長)は次のようにコメントします。
「複層的な施策の場合、オンラインとオフラインとを問わず、メディアや施策ごとの効果は単体で評価するのではなく、重複接触した層の結果も踏まえて総合評価する重要性を思い知りました」
今回の事例を踏まえて、サントリーとしては今後も新たなチャレンジを続けていくとのことです。
「テレビ CM と YouTube 広告がそれぞれの強みを活かすことにより、広告の新しい形が今まさに生まれようとしています。今後も、両者を併用する事例を増やし、その可能性を探っていきます」(鈴木氏)
スマートフォンやコネクテッドテレビが全世代に普及し、若年層だけでなく中高年層のデジタルシフトも進んでいます。生活者のメディア接点が大きく変わる中で、今回紹介したライオンやサントリーは勇気をもって新しい施策や正しい効果検証に挑戦することで、自社のビジネスをさらに成長させる糸口を見つけました。
こうした事例を参考にして、今のマーケティングのあり方を見つめ直してみてはいかがでしょうか。
2023 年 10 月の Brandcast で発表した YouTube に関する最新のユーザー動向や事例は以下のページにまとめています。合わせてご確認ください。