2005 年に『Me at the zoo』という 1 本の動画から始まった YouTube は、この 20 年で誰もが自らを表現し、その声を世界中に届けられる場所として進化を遂げてきました。
現代のマーケターは、デジタルメディアのコンテンツが爆発的に増加した結果、コンテンツの潮流を俯瞰して理解することが難しくなっています。
こうした環境において、YouTube が 20 年かけて育んできたコンテンツの多様性こそが、YouTube が支持を受ける理由の 1 つです。
YouTube の多様性がいかにしてユーザーとの強固な信頼関係を生み出し、新たなマーケティングの機会をもたらしているのかを紹介します。
YouTube の多様性を定義する 3 つの軸
YouTube の多様性は、しばしば「ジャンルの多さ」として語られますが、その本質は「広さ」「深さ」「奥行き」の 3 軸が高い水準で備わっている点にあります。
「広さ」とは、バラエティ、スポーツ、教育、文化、健康など、あらゆるジャンルを網羅している点です。これにより、ニッチな分野でも、関連コンテンツを見つけることができます。
「深さ」とは、1 つのジャンル内での多様性です。たとえばスポーツという 1 ジャンルをとっても、公式試合の中継、舞台裏の様子、試合の実況解説、特定の選手に焦点を当てたドキュメンタリーなど、さまざまな角度からコンテンツが存在し、視聴者は興味の方向に応じて最適なものを選べます。
そして「奥行き」とは、動画視聴だけで完結しない、体験の広がりを指します。コメント欄で感想を共有したり、関連グッズを購入したり、ファンコミュニティを形成したりすることで、コンテンツを起点とした体験が派生し、ユーザーのエンゲージメントがより強固になります。
この 3 軸が揃うことで、YouTube のコンテンツは「資産」になるのです。SNS 上では、多くのコンテンツが一瞬のバズとして消費されてしまうのに対して、YouTube では資産として継続的に価値を発揮します。たとえば「椅子 比較」といった検索ニーズは普遍的に存在し続けるため、関連する動画は数年経っても検索され、継続的に売り上げに貢献し得るのです。
多様性を築いた YouTube の 20 年
このコンテンツの多様性は、一朝一夕で生まれたものではありません。
YouTube の進化は、クリエイターエコノミーの進化と共にありました。日本では 2008 年に YouTube パートナープログラムが始まり、クリエイターは動画の再生回数などに基づいて収益を得られるようになりました。クリエイターとユーザーが生み出す熱が「経済圏」としても認められるようになったのです。好きなことを表現するだけでなく、それを仕事にできる道筋がはっきりと生まれました。
このクリエイターエコノミーの誕生こそが、YouTube の多様性の基盤です。20 年の間に無数のクリエイターが活動する場が育まれ、各ジャンルに熱量の高いコミュニティ(界隈)が形成されていったのです。
クリエイターの活動が盛り上がると同時に、YouTube はユーザーの視聴ニーズの変化にも呼応して進化を続けていきました。
2021 年に始まった YouTube ショートは、特に若年層の視聴行動にフィットし、短尺動画による新たな表現が増加。YouTube は、長尺動画から短尺動画まで、あらゆる視聴行動を包み込む場となったのです。
もう 1 つの大きな変化が、テレビ画面での視聴です。年々視聴が伸び続け、2024 年にはコネクテッドテレビにおける YouTube の視聴時間が第 1 位になりました。2025 年上半期もその位置を維持しています(*1)。
ユーザーは「家族や友人と一緒に視聴できる」「大画面で臨場感を楽しめる」といった点に魅力を感じており、YouTube はリビングという共有空間のメディアとしても定着したと言えるでしょう。この「大画面視聴」「共視聴」というリッチな体験は、企業が新たなコミュニケーション戦略を考える上でも考慮すべき重要な要素となっています。
フォロワー数から「信頼」と「エンゲージメント」へ
では、この「コンテンツの多様性」は、マーケターにとって具体的にどのような価値を持つのでしょうか。
最も注目すべき変化が、ユーザーとクリエイターの関係性です。かつてはフォロワー数や再生数といった「量」が重視されがちでしたが、現在はそれ以上に、クリエイターと視聴者の間に築かれた「信頼」と「エンゲージメント」が重視される時代になりました。「この分野ならこの人の情報が信頼できる」「この人の商品レビューなら間違いない」といった、クリエイターとの関係性が購買につながる、“ 信頼買い ” とも言える行動が生まれているのです。
事実、日本の Z 世代ユーザーの 76% が「YouTube には最も信頼できるクリエイターがいる」と回答(*2)。この信頼関係が、実際の購買行動に直結しています。
クリエイターの動画から YouTube ショッピングを通じて商品を購入する人も確実に増えています。YouTube ショッピングは、動画内で視聴者の購買意欲が最も高まった瞬間に、シームレスに商品ページへの遷移を促す機能。動画がランディングページとして機能することで、高単価な商品であっても、長尺動画による詳しい説明と納得感で、購入を強力に後押しできるのです。
徹底比較、哲学、コミュニティ......信頼を築くためのヒント
この「信頼買い」を生み出す関係性は、どのように築かれているのでしょうか。マーケターがクリエイターと共創する上で意識すべき、主な要素を紹介します。
1 つ目は「専門性と徹底比較」です。その典型が、オフィスチェアやゲーミングチェアのレビュー動画が人気のチャンネル「Mr.Chairs」を運営するしばたまる氏。高単価な椅子を独自の基準で徹底的に比較検証し、視聴者の「椅子選びを終わらせる」ことに徹底的にこだわった結果、自社 EC サイトにおける売り上げの 70% 超が YouTube 経由になっています。専門知識に裏打ちされた客観的な評価が、視聴者の信頼を獲得しているのです。
2 つ目は「哲学とストーリー」。「干場義雅の MINIMAL WARDROBE チャンネル」でファッションやライフスタイルの情報を発信する干場義雅氏は、ときにはイタリアやイギリスまで直接取材に向かうそうです。単なる商品紹介ではなく、ブランドのストーリーや価値観を丁寧に共有することで、視聴者との間に深い関係性を構築し、それが購入にまでつながっています。
信頼を構築する 3 つ目の要素が「コミュニティの形成」です。たとえば、コメント欄を単なる感想の場ではなく、活発な掲示板として機能させるといった手法が挙げられます。クリエイターとユーザー、そしてユーザー同士の意見交換を促すことで、単なる視聴者を超えた強固なファンコミュニティが生まれていくのです。
コンテンツの多様性が再定義する YouTube の影響力
かつて、生活者への影響力は、主にメディアを通じた声の大きさで決まっていました。
しかし現在は構造が根本的に変わっています。人々は押し付けられる情報を受動的に受け取るのではなく、自ら能動的に情報を選別し、判断するようになったのです。その結果、真の影響力は「Relevance」「Focus」「Trust」という 3 つの要素で決まるようになりました。
そして、これらこそ YouTube が 20 年かけて育んできたコンテンツの多様性なのです。
「Relevance」とは、コンテンツがユーザーにとって自分ごととして感じられることです。あらゆるニッチな興味にも対応できる深さと広さを持つ YouTube では、ユーザーごとの具体的なニーズに応えるコンテンツが見つかります。この的確なマッチングこそが、強い関連性を生み出すのです。
こうした興味関心に応えるコンテンツは、集中した視聴につながります。これが「Focus」です。近年では、リビングの大画面という質の高い視聴環境が、さらに後押ししています。
またこうした視聴体験は、情報源への確固たる信頼によってさらに強固なものになります。これが「Trust」です。クリエイターの専門性や、過去のアーカイブによって情報を比較検証できる透明性。さらには、コメント欄での意見交換のような YouTube の奥行きが育むコミュニティの熱量。これらの要素が組み合わさることで、揺るぎない信頼関係を築くことができるのです。
広さ、深さ、奥行きを高い水準で兼ね備えた YouTube は、現代のマーケティングにおいて、深くユーザーに影響を与え、行動変容を促すことができるメディアとして、存在感を発揮しています。
では、こうした YouTube の特性を、実際の企業はどのようにマーケティング成果へつなげているのでしょうか。アサヒビール、KDDI、JCB の具体的な事例を、こちらの記事で詳しく解説しています。